HOME 1/14page 2/14 3/14 4/14 5/14 6/14 7/14 8/14 9/14 10/14 11/14 12/14 13/14 14/14page


シベリア鉄道ハバロフスク行きオケアン号の寝台車

乗車した2等寝台の個室内設備は中国の軟臥車とほぼ同じ。上段の寝台は既にセットされていて、下段は座席の背ずりを手前に倒すとベッドになる構造。上段に登るときは、入口のドア脇の折りたたみ式梯子を引き出します。

▲ 2等寝台車の廊下

▲ 個室内は予備灯が点灯

▲ 2等寝台下段 左右にあるのは上段に登る梯子

▲ 2等寝台上段は発車前からセットされている

停車中の車内は予備灯が点灯しているだけで薄暗く、冷房が入らず蒸し風呂状態。電源車は連結せず、機関車から給電もせずに、各車両独立で走行中に車軸の発電機で電力を賄っているらしく、動き出すまではどうしようもないシステム。

 

オケアン号の食堂車

同室はロシア人のカップル。発車するとすぐに、彼らに一声かけて食堂車へ。しばらくすると食堂車にも、やっと冷房が効き始めてきます。

▲ 食堂車の廊下と厨房

▲ 食堂車は4人がけのイスとテーブル

▲ 窓の向こうは暮れゆく海

▲ 食堂車のカウンター側

食堂車のメニューは、市中のレストランよりちょっと高くて量は少なめ。でも、これが日本人には適量です。一気に客が来たので、ウエイトレスは1人で大忙し。メニューを見て、1本200ルーブル(約400円で市内のレストランの2倍の価格)のロシアビールを注文しようとしたら無いといわれ、あるのは400ルーブル(約800円)のドイツビールだけ。何と、1本でバスに19回、トラムなら28回も乗れる勘定。

▲ ドイツのビールはロシアの物価にしては高い

料理は、レトルト食品をチンではなく、きちんと作っているようで注文してから時間がかかる。混雑してきたので、途中から相席に。

▲ サラダはイクラ入り

▲ 出来立ての熱々が来るけど注文してから時間がかかる

 

オケアン号の車窓

ぐっすり寝て翌朝目覚めると、オケアン号の車窓には道東とよく似た森林や草原、湿地帯が広がります。通過する駅には、人の姿は見えず。

▲ シベリア鉄道の車窓

▲ 途中駅を通過

やがて、車窓に貨物列車やディーゼル機関車、留置中の保線機械が見えてくると建物が増え、ハバロフスクに近づいてきたことがわかります。

▲ 貨物列車

▲ 保線機械を連結したディーゼル機関車

 

ハバロフスクに到着

ウラジオストクから11時間余りの乗車で、午前1時15分、現地時刻8時15分、オケアン号はほぼ定刻に終着ハバロフスクに到着。降り立ったホームに屋根がありません。

▲ 終点ハバロフスクに到着したオケアン号

先頭の機関車では機関士が交代し、切り離された電気機関車が去っていきます。隣で待機している入れ換え用ディーゼル機が回送列車を牽引していくところまで見届けたいけど、パックツアーの客を待たせているので切り上げます。

▲ 入れ換え機関車が迎えに来た

▲ 乗務員が交代

跨線橋に上がると、オケアン号の他にも2本の客車列車が入線し、貨車も停車していて駅構内は賑やかです。

▲ オケアン号の機関車が引き上げていく

▲ 手前の編成がオケアン号

ホームにいた近郊電車、エレクトリーチカは相変わらず野暮ったいスタイルながら、駅のポスターにはスマートな車両の絵が。ロシアにもこんな新型車がいるのでしょうか。

▲ 停車中のエレクトリーチカ

▲ 駅のポスターに新型車の絵


ムラビヨフ・アムールスキー公園

迎えに来た現地ガイドのクルマで、市の南西方向、アムール川の近くにあるインツーリストホテルへ。旧ソ連時代に外国人を泊めていたホテルが今も健在です。

▲ ソ連時代からの外国人向けインツーリストホテル

▲ アムール河畔では高層ビルが工事中

ホテルの隣は、帝政ロシアの政治家で東シベリア総督をつとめたムラヴィヨフ・アムールスキーの名を冠した広い公園。川沿いの崖の上にある展望台から、アムール川の眺望が広がります。中国名は黒竜江。遡ると中ロ国境を流れ、極東ロシアからオホーツク海に至ります。対岸には建物はなく、地平線まで一面の緑が広がるだけ。

▲ アムール川の上流方向 遥か遡れば中国へ

▲ 対岸には建物はなく緑が広がるだけ

大砲が並ぶ公園内の高台から、ムラヴィヨフ・アムールスキーの像が見下ろしています。

▲ 大砲が並ぶ

▲ ムラヴィヨフ・アムールスキー像


 

 

 

inserted by FC2 system