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2軸の鋼製無蓋車や木造有蓋車の一部には、ローラーベアリングの軸受を採用した車両も。

鋼製の2軸無蓋車
2軸の木造有蓋車

通風車でしょうか、側面にベンチレータらしきもののある2軸の木造有蓋車。

ベンチレータがあるけど通風車?

ローラーベアリングに2段リンク軸受の鋼製有蓋車には、何と120km/hの表記があります。本当に2軸車がこんな速度で走行できるのでしょうか。

120km/hの表記がある2軸の鋼製有蓋車

 


路面電車

現在トリエステの路面電車は、オベルダン広場から発車して一部区間はケーブルカーの力を借りて急勾配を登り、オピチーナに至る郊外線の2番、 トリエステ=オピチーナトラムが残るだけになっていますが、1876年に馬車トラムとして開通した市内線が電化して、1970年まで街中を縦横に走っていました。

2軸の電動車は1950年代に廃車になっているものの、1927年製の194号はスクールカー(通学用?)として残っていたのだとか。同型の付随車60号も1927年製で、60年代後半まで 現役だったそうです。

2軸の電動車194号
2軸の付随車60号

2扉ながら、オピチーナ行きの現役車やミラノのトラムに印象の似た427号は、同世代の1934年製。1970年の路線廃止まで残ったようです。

ボギー車427号

442号と同型のもう一両は、流線型が世界的に流行した1938年製。廃線まで活躍し、それから40年近く放置されているのか、痛みが激しいですね。

流線型の442号
塗色の異なる同型車

トリエステ=オピチーナトラムの急勾配区間の補機になるケーブルカーは、2006年に現在の車種に更新されていますが、それまで1978年から30年近く使用された先代のオレンジ色のケーブルカーも1台保存されています。乗務員室があったんですね。

トリエステ=オピチーナトラムの先代ケーブルカー

トラムはメーターゲージのため、これらの車両が並ぶ線路は標準軌との3線式になっています。


その他の車両

積雪時に機関車の前に連結するラッセルのヘッド。オーストリア南部鉄道で使用したもので、1861の表記は製造年でしょうか。この博物館で一番古い車両のようです。

ラッセルのヘッド

いかにも頑丈そうな箱は、第二次世界大戦中にドイツ軍が採用した装甲車だとか。

ドイツ軍の装甲車

こんな軌道自動車や軌道自転車もあります。

軌道自動車
軌道自転車

以上が屋外の展示車両ですが、港の近くで塩害のためか傷みが酷く、予算がないのでしょうね、塗装をやり直した一部の車両を除き、赤錆びた廃車置き場のような姿で、残念な保存状態です。


屋内の展示

駅舎内の待合室や事務室等が展示スペースに転用されています。この部屋は、信号やポイント切り替え関連の設備を集めているのでしょう。

信号やポイント切り替え関連の設備でしょう

次の部屋は電気設備関連でしょうか。額に入っているのはナンバープレートのようです。

電気設備関連でしょうか

この日は水曜日だったので、学校から社会科見学で来た子供達が、熱心にボランティアの説明を聞いていました。

社会科見学の子供達

トリエステ のトラムの部屋もあります。1970年に廃止された市内線の電車の制御器と運転士の人形、系統番号や行き先板、停留所の標識や当時の写真等。現存するトリエステ=オピチーナトラムの昔の写真も。

トラムの制御器や停留所の標識、系統番号札など
トリエステ=オピチーナトラムの写真
トリエステ市内線の写真

小さな漁船が停泊するトリエステ港周辺を行くトラムのジオラマも。

港をいくトラムのジオラマ

2本のビューゲルをあげたラックレールの機関車の後押しで急勾配を登るのは、開通時のトリエステ=オピチーナトラムの模型でしょう。ラックレールの機関車からケーブルカーに切り替わった当時の模型もあります。

ラック式の機関車の後押しで急勾配を登るトリエステ=オピチーナトラムの模型
ラックレールの機関車から切り替わった初代のケーブルカーでしょうか

トリエステ後方の丘の上、トリエステ=オピチーナトラムの路線が接続していたころの、オーストリア南部鉄道時代のオピチーナ駅のジオラマも。

ヴィラ・オピチーナ駅のジオラマも

ボランティアに模型の得意な人がいるのでしょう。HOゲージのジオラマはどれも見応えがあります。

懐かしい車両がならぶHOゲージのジオラマ
流線型のディーゼルカーが行く

このように、屋外展示の実物車両はメンテナンスが行き届かず、残念な保存状態ですが、貴重な資料や立派なジオラマの屋内展示は充実しています。

トリエステ=オピチーナトラムは、こちらにあります


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