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旅の車窓から

台湾 羅東・蘇澳・花蓮・台北・嘉義・基隆

2014年の春に台湾に行きました。羅東林業文化園区に保存された森林鉄道、電化直前の台東線で最後の活躍をするディーゼルカーDR2700型、蒜頭糖廠と烏樹林糖廠のトロッコ列車、金山のテレサテン紀念墓園、ローカル線の内湾線にご案内します。


8度目の台湾も羽田から

2014年3月の春分の日に合わせて台湾に行きました。前年にも同じ時期に訪台しているのですが、この時台東駅で見かけた東急車両製のディーゼルカー、かつて西部幹線の光華号特快で活躍したDR2700型が2014年6月末の花東線電化で引退する前に、花蓮まで乗りに行くのが今回の目的の一つです。

2010年の羽田空港の本格的国際化以後、台湾は3度目ですが、今回も7時20分発台北松山行き中華航空CI223便です。

※ 19ページの末尾に関係するリンク先を掲載しました。
詳しく知りたい方はご利用ください。


羽田空港国際線ターミナル

バスで未明の羽田空港国際線ターミナルに到着。チケット購入時に座席指定は済ませていますが、チェックイン時に非常口席を確認したところ、空席があるとのこと。非常時に乗客の脱出の手伝いをするため、中国語は話せますかと聞かれたものの、無理無理。それでは、英語で客室乗務員と意思疎通ができますかと聞かれ、できると回答しないと非常口席はもらえません。

未明の国際線ビル 東京湾から昇る朝日

前が空いているから陽の当たらない窓側にしたのですが、ドアの出っ張りがありました。エアバスA330の場合、十分に足を延ばすには通路側の方が良かったかも。

富士山に別れを告げ 非常口席をゲットしたもののドアの出っ張りが

 


悠遊卡でMRTに乗車

CI223便は高度を下げ、淡水川を越えると台北市街地の真ん中にある松山空港に着陸します。荷物を受け取って空港の外に出てもまだ11時前(時差1時間)。地下のMRT(地下鉄や新交通システム)松山空港駅で、ICカード悠遊卡を買い求めます。台北の市内交通に加え、台鉄の都市近郊区間や一部の高速バス等、来るたびに使用できる範囲が広がっています。

松山機場駅 忠孝復興駅の板南線

高架を走る新交通システムの文湖線から、忠孝復興駅で地下鉄の板南線に乗り換えて台北駅へ。空港で台北の無料Wifiへの登録を忘れたので、台鉄の台北駅構内にある観光案内所で手続をします。ログイン名はパスポートナンバー、パスワードは生年月日で、台北市内に飛び交う電波をとらえてネット接続ができるようになります。

巨大な台鉄駅舎の東側の地上に出ると、1980年以前の狭軌時代の花東線で活躍した蒸気機関車とディーゼルカーが保存展示されています。

台北駅に展示される狭軌時代の花東線車両 鉄道車両の部品を使ったオブジェが色々と

目的地は、その先のタクシー乗り場の奥。“行李托運中心”の看板の出た台北駅の荷物取扱所。今日はこれから台湾の東海岸に向かい、花蓮で1泊した後、明日台北に戻り4泊の日程にしたので、1泊分の着替え等をカバンに詰め替え、大きな荷物は明日まで一時預かりに置いていくことに。前年は1日1つ17元だった料金が、何と3倍の50元に値上がりしています。明日受取時にまた50元払うのだとか。2日で380円だから、日本に比べればまだまだ安いですが。

台北駅の荷物取扱所 長距離バスターミナルの台北転運站乗車口

身軽になって、台北駅北隣の長距離バスターミナル、台北転運站へ。ビルの2階から4階がバス乗り場になっています。会社と方面別に乗り場が分かれているようで、葛瑪蘭汽車客運を探し、高速バスで羅東に向かいます。乗り場横のカウンターで乗車券を購入します。20分間隔で運行する羅東直行便は、発車直前のバスは既に満席とのことで1本待って乗車です。


高速バスで羅東へ

台北から東海岸北部の宜蘭や羅東へは、台鉄の場合は北へ海岸線を大回りするため距離が長く、カーブも多いため日本製の振り子式電車を投入して高速化を図っています。でも、中央山脈を貫く雪山トンネル経由の高速バスが距離的には圧倒的に有利で、運賃も安く、複数の会社が参入して本数も多くなっています。次の羅東行きを待つ間にも、その手前の宜蘭直行便や経由便が次々と発車していきます。

始発は新幹線で次の駅になる板橋のようで、既に乗客の乗った青いスーパーハイデッカーが入線してきます。バスの座席は、1人がけと2人がけの配置で、指定されたのは2人がけの窓側。横幅は十分にあるものの、日本の夜行バスの横3列シートに比べると前後のピッチはかなり狭くなっていますが、乗車時間1時間05分では特に問題は無し。

高速バスの車内 3月でもう田植えが終了

運転席に横に、Wifiのパスワードが表示されています。よく見ると、ドアの上に白いWifiルーターが取り付けてあり、車内でネットが快適に使えるのは良いんだけど、こんな所まで仕事のメールが追いかけてきた。

高速道路に入り、長い雪山トンネルを抜けると両側に田園風景が広がります。3月中旬過ぎで、既に田植えが終わっています。バスは高速を降りて一般道を進み、終点の羅東は街中の広い道路のバス停。運転士に台鉄羅東駅の場所を尋ねると、角を曲がってまっすぐとのこと。

羅東に到着した高速バス 羅東のバスターミナル

歩いて5分程で、羅東駅の裏口に到着。すぐ前にバスターミナルがあります。台北方面行きはここから乗車するのでしょう。

台鉄羅東駅 地方特産館

羅東は夜市で有名な町だとか。でも、ここへ来た目的は羅東林業文化園区。駅から線路沿いの道を北へ向かいます。途中の道路沿いには、広い駐車場をのある地方特産館。日本と同じですね。


羅東林業文化園区

途中で線路の下をくぐり抜け、歩くこと10分余り。羅東林業文化園区の駐車場の入口があります。中に入って奥に進むと、原木を使ったモニュメントを立てた林業文化園区の入口になります。

日本統治時代の1924年に開業した羅東森林鐵路は、羅東から西へ36.7kmの土場との間を結び、阿里山とならぶ林産地帯の太平山から伐採した木材を羅東まで運搬するとともに、沿線順民の足として活躍してきましたが1979年に水害を受け廃止されました。羅東の街中に残った林鉄の竹林駅の周辺16ヘクタールを、21世紀になってから整備して開放したのが羅東林業文化園区で、入場は無料です。日本でいえば、1976年に廃止された木曽森林鉄道の上松駅周辺に相当する場所でしょう。

羅東森林文化園区の駐車場入口 駐車場から林業文化園区の入口

園内には大きな池があり、森林鉄道で山から運ばれてきた材木の貯木池として使われていたそうです。近くには黄色い三菱FUSOのトラックも展示されています。これも材木輸送に活躍したのでしょう。

貯木場の池 FUSOのトラック

狭軌の線路が伸びるその先に人が集まっていて、小さな蒸気機関車の牽く運材列車が停まっています。ナンバープレートから、機関車は8号機。車輪からロッドまで、全て真っ黒に塗られてしまっていて、煙室扉の取っ手が無くなっているのは、ちょっと残念。

ナローゲージの線路をたどると 蒸気機関車がいた
運材列車を牽くかたちで展示されている8号機関車

貨車は、外見から判断すると現役当時のものではなく、展示にあたって製作されたようです。貨車には原木が縛り付けられています。短い原木は1両に、長い原木は2両にまたがって。現役時代に、本当にこんなかたちで2両にまたがって積載して運搬したのでしょうか。列車のすぐ横には、木材を貯木池に落とす滑り台が設置されています。

この縛り方は?? 木材の滑り台

 

竹林駅

線路に沿って先に進むと瓦屋根で檜造りの日本建築、竹林駅が現れます。ここに駅を建てる前は竹林だったことから、駅名になったのだとか。駐車場の裏口から入ってしまいましたが、羅東林業文化園区の正面入口から入ると、この駅の場所に出ます。駅舎を背に、デジイチで盛んに写真を撮るカップルの姿がありますが、彼女が履いているのは青いゴム長?

日本建築の竹林駅 写真を撮るカップル

駅舎の中が綺麗なので再建でしょう。現役当時の路線図と、大正15年と書かれた営業距離と運賃表が掲示されています。路線図を見ると、台鉄の羅東駅に接続していますが、貨物だけでしょうか。運賃表からは、ここ竹林駅が旅客運輸の始発のようです。竹林−土場間の運賃は92と記載されています。日治時貨幣單位「圓、錢、釐」とあり、1926年当時92銭だとすると高すぎるので92釐?。

竹林駅の事務室 待合室と改札口

待合室の壁には竹林駅と木造橋を渡る運材列車の写真が掲示されています。駅舎には、青天白日旗が掲げられているので、戦後の写真ですね。改札口を抜けると“竹林”の駅名標。左は“羅東”、右は“歪仔歪”。

昔の竹林駅と列車の写真 竹林の駅名標

 


 

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