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イゾラ

午後になって、バスターミナルで朝に出会ったタクシーの運転手がホテルに迎えに来ました。午前中に路線バスで訪れる計画をしていて行けなかったイゾラとピランに立ち寄ってから国境を越え、クロアチアのポレチに向かうよう再交渉して、70ユーロを提示したところすんなりOK。

まずは海岸沿いの道を西へ、イゾラに向かい港で下車。イゾラは島を意味するイタリア語で、イタリア語ではこの街をイーゾラ・ディストリアと呼ぶのだとか。今は陸続きだけど昔はイストラ半島の沖に浮かぶ島だったそうで、中世にはヴェネツィア共和国の支配下で、交易都市として繁栄しました。

チェコ車シュコダのタクシーに乗った 路地を抜けて
 聖マウルス教会 港に小型漁船が停泊

港で下車して、路地を抜けて少し高くなった土地に建つ聖マウルス教会へ。ヴェネツィアのシンボル、サンマルコ寺院の鐘楼を一回り小さくしたような、そっくりの鐘楼が建っています。何故か教会は閉まっていたので、港を散策しているとタクシーが迎えに戻ってきました。

向こうにはヨットの姿も 車窓のイゾラ

海沿いの道を小さな峠を越えてピランへ。車窓から遠ざかる、トリエステ湾に突き出たイゾラの街が美しい。かつてはこの道に沿ってトリエステからポレチへ、全長120kmの軽便鉄道が通っていたそうで、経由地のイゾラにその歴史を展示するパレンジャーナ博物館があったのを失念していて見逃したのは大失敗。


ピラン

イタリア語ではピラーノと呼ばれるピランも、アドリア海に突き出た小さな半島の先端にある街。街の中心、タルティーニエフ広場で下車。ピラン出身の作曲家でバイオリニストのジュゼッペ・タルティーニの像が、広場の中心に市庁舎を背に立っています。

イゾラからピランに向かう峠の並木道 タルティーニエフ広場
市庁舎を背にタルティーニの像 聖ペテロ教会

丘の上には教会の塔。ピランは13世紀から18世紀まで、ヴェネツィア共和国の支配下にあり、広場も丘の上の聖ユーリ教会も、ミニベネツィアの雰囲気を漂わせています。

市街地の上に聖ユーリ鐘楼 路地には建物のトンネルも
階段を上って高台に建つ聖ユーリ教会へ

坂道と階段を上って教会のそばへ。近すぎて写真に入りきりません。17世紀の鐘楼は、ヴェネツィアのサンマルコ寺院の鐘楼にそっくり。教会の背後には城壁が残っています。高台から見下ろすタルティーニエフ広場やその先の港、沖合に浮かぶヨットなど、絶景が広がります。

背後には城壁 教会前から見下ろすタルティーニエフ広場
港にズームイン ピラン湾にヨット

広場を通って港まで降りてきました。この日はメーデーの休日で、漁も休みなのか桟橋には小型漁船が係留され、網やロープなどの漁具が整理されています。

教会の裏の崖からの眺め 半島の裏側 港越し 高台に聖ユーリ教会と鐘楼 丸いのは洗礼堂
港に停泊する漁船と網やロープなどの漁具

タクシーでピランの街を抜け、一路南へ。車窓に広がるのは塩田だと運転手が教えてくれました。運転手の携帯に着信すると、片手運転で“チャオ”の挨拶。彼はイタリア系スロベニア人なのか、話の賑やかさはまるでイタリア。

道路の先に屋根かかった建物が見えてきました。スロベニアとクロアチアの国境です。運転手がパスポートを預かってスロベニアのイミグレへ。押されたスタンプには自動車のマーク。100mほど先には、今度はクロアチアのイミグレ。スタンプは同じく自動車のマーク。タクシーで国境のイミグレを超えるのは初体験。

車窓に塩田が広がる
前方に何か見えてきた スロベニアとクロアチアの国境ゲート

スロベニア人の運転手は、免許証のようなカードを持っています。もとは同じユーゴスラビアだったからでしょうか、尋ねてみると、スロベニアとクロアチアの国境は、パスポートではなく、このカードを見せるだけで通れるというようなことを言っています。

始めは動かしていたメータを途中で上げてしまいました。差額は運転手のポケットに入るのかな。

引き続き、クロアチア編のポレチは、こちら


クロアチアのポレチへ→  

スロベニアのシュコツィアンへ→

 

 

 

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