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2012年冬 ポストイナ鍾乳洞

10分足らずの乗車で、トロッコは広いホールのある終点に到着して全員下車。乗車と下車でホームを分けているようで、トロッコはそのまま発車していきます。ここから先は、言語別に分かれて徒歩で見学です。日本語はないので、英語のガイドについて行くことに。

鍾乳洞の中を走るトロッコ
広いホールのある終点で降りた先はガイドツアーで見学

起伏に富む鍾乳洞の内部では、イマイチよくわからないものの英語の解説を聞きながら山に登り、第一次大戦中にロシア人捕虜を使って架けたというロシア橋を渡り、1時間ほどの行程。日本人にとっては鍾乳洞はそれほど珍しいものではないものの、ガイドがスパゲッティーと言っていた天井から下がる無数の細いブリリアント鍾乳石は圧巻でした。

ポストイナ鍾乳洞
ブリリアント鍾乳石 水槽で飼われているホライモリ

最後に、洞窟の中に棲息する目が退化したホライモリが飼われている水槽。地元では、昔はドラゴンの赤ちゃんと信じられていたのだとか。

トロッコに乗って地上の出口へ。

再びトロッコに乗って 地上に向けて出発

 


コペルに到着

再び、2016年の代行バスに戻ります。ロガテツ駅から40分ほど乗車して、バスはピフカ駅に横付け。ホームで待っている2車体連節車のコペル行きに乗り換えます。すぐにディヴァーチャ駅。ここにはシュコツィアン洞窟群があり、最近増えたものの、長い間スロベニア唯一の世界遺産になっていました。ポストイナ鍾乳洞はトロッコを敷設する等、人の手を加えすぎたため、世界遺産として認められなかったという話もあるようです。

シュコツィアン鍾乳洞は後日訪問する事にして、ディヴァーチャ駅でセザナを経てイタリアのトリエステの丘の上にあるオピチーナに向かう路線を分岐したローカル電車でコペルへ。やがて夕陽の方角の眼下に海が見えはじめ、雄大な風景の中を勾配を緩和するため大きく弧を描きながら、列車はアドリア海に向けて降りていきます。

ピフカ駅で再び電車に乗り換え アドリア海が見えた
コペルに到着したローカル列車

途中で代行バスをはさんだため、列車は定刻の2時間半より20分ほど遅れ、行き止まり式ホームのコペルに到着。当時は1日に4本あった列車も、今では早朝にリュブリャナに向かい、夜に戻るインターシティー1往復だけ。何だかJRのローカル線を思わせる寂れようです。

駅名表示は“Koper Capodistria”。スロベニア語のコペルはイタリア語ではカポディストリアと呼ぶのだとか。この地は13世紀末から500年間ヴェネツィア共和国領で、18世紀末にはオーストリア帝国、第一次世界大戦でイタリア、第二次世界大戦後はユーゴスラビア、1991年の独立でスロベニアとめまぐるしく変化し、歴史的な経緯からスロベニア語とイタリア語が市の公用語になり、街中の標識等には併記されています。

コペル駅前に保存されているナローゲージのパレンジャーナ鉄道の蒸気機関車

駅前に保存されているナローゲージの蒸気機関車。イストラ半島をオーストリア帝国が支配していた時代に建設された軽便鉄道。今はイタリアになっているトリエステからアドリア海沿いにコペル、イゾラを経由し、今はクロアチアの内陸部を経てアドリア海に面したポレチに至るパレンジャーナ鉄道の機関車です。イタリア時代に廃線になってから既に80年、ユーゴスラビア時代に復活が検討されたものの実現せず、今では3か国に分断されたこの経路を国際線のバスがつなぎ、廃線跡の一部はサイクリングロードとして活用されているのだとか。


コペル旧市街

翌日はコペルから路線バスでアドリア海沿岸の小さな街、イゾラとピランを往復した後、夕刻の国際線のバスでクロアチアのポレチに向かう計画でした。コペル周辺のバス時刻はネットで調べることができたものの、コペルからポレチへはバス会社のホームページで時刻が解らず、英国のバスチケット予約サイトで夕刻にバスがあることを確認していました。

朝一番にバスの時刻を再確認するためコペル駅へ。駅舎の中にはバスの切符売り場もあり、鉄道よりこちらが主体と思われるものの、この日は日曜かつ5月1日メーデーの祝日で窓口は終日クローズのため職員はいません。貼ってあるバスの時刻表を見ても夕刻のバスは見つからず、代わりにネットにはなかった時刻のポレチ行きが何本かあるものの、日曜祝日は全便運休の表示。

さあ困った。とりあえずバスの運転士に聞いてみようかと乗り場に行くと、葱を背負ったカモを見つけたタクシーの運転手が声をかけてきて、“バスはないよ、80ユーロで行くけどどうだ”。4人なら1人20ユーロか。65ユーロまで値切って、午後にホテルまで迎えに来てもらうことに。ちなみに、当時のバス代は7ユーロ。

コペル駅兼バスターミナル コペル旧市街
ヴェネチア共和国の時代に建てられた執政官の宮殿

イゾラとピラン行きはやめて、昔は島だったコペル旧市街の観光へ。今は埋め立てで、駅から地続きです。旧市街の中心はチトー広場。旧ユーゴスラビアの大統領から名付けたとおもわれ、独立後もそのままにしているとは珍しい。

石畳の広場を取り囲む15世紀ヴェネチア共和国の時代に建てられた執政官の宮殿 。12世紀に建てられた聖母被昇天大聖堂と15世紀の鐘楼。オーストリアの面影を残す内陸のリュブリャナとは全く異なり、ここはミニヴェネツィア雰囲気です。

チトー広場の建物 聖母被昇天大聖堂
大聖堂の内部 大聖堂の祭壇

執政官の宮殿の中にツーリストインフォメーションがあったので、クロアチアのポレチへの行き方を尋ねたら、あちこちに電話して調べてくれて、夕刻のバスはあるとのこと。トリエステとポレチ間の運行だからイタリアかクロアチアの会社で、スロベニアのバスの切符売り場では取り扱わないため時刻表示がなかったのでしょうか。旅行者にとっては困ったことです。

タクシーならコペルからポレチまで、メーターを使わずに定額料金で60ユーロだとか。やっぱりぼられていた。対応してくれたインフォメーションの若い女性が片言の日本語を話します。リュブリャナで勉強したのだとか。でもコペルまで来る日本人は珍しいので、使う機会が少ないのでは。大聖堂の隣、15世紀のヴェネツィアゴシック様式のロッジアの中のカフェで休憩。

チトー広場に建つロッジアの中にカフェ コーヒーで休憩
 
スロベニア唯一の商業港 貨車の姿も

コペルはアドリア海に面したスロベニア唯一の貿易港。旧市街の裏側にはガントリークレーンの立ち並ぶコンテナターミナルがあり、線路も通じていて貨車が並んでいます。

執政官の宮殿をくぐる路地 日曜祝日は店はお休み
 
コペル旧市街の風景

日曜日のため、旧市街の店やレストランはほとんどが閉まっています。ホテルのレストランでランチにと思ったけど、日曜日は飲み物だけで食事の用意はできないのだとか。旧市街を出たところにあるパン屋が営業しているのを見つけていたので戻ります。危うく昼食難民になるところでした。それにしても他に開いている店がないのか、焼きたてパンが次々と売れていきます。

旧市街を囲む壁? このパン屋が営業していて救われた

 


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