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マチュピチュ遺跡(続き)

太陽の神殿の下の陵墓の中をのぞいてみると、中央の石が墓石のようなかたちに彫られています。これからミイラが納められていたのではという想像のもと、陵墓と名付けられたそうですが、証拠はないとのこと。

太陽の神殿の隣にある王女の宮殿と名付けた建物は、その立派な石組みから高貴な人物の住居だったと考えられています。

     
太陽の神殿の下の陵墓の中       王女の宮殿の中

マチュピチュ遺跡には、生活水を供給する水路が張り巡らされていて、今でも水が流れています。上から下へ、水くみ場は全部で16箇所もあるそうで、その第1番は太陽の神殿の近くにあります。

すぐ隣の王の別荘と呼ばれている建物の広場にも、丸い石臼のような2つの石があります。儀式に使ったのか天体観測か。

第1番の水くみ場 王の別荘にある石臼

王の別荘の一角に石積みの小部屋があり、地面に設けた水路が外に通じていることから、水洗トイレだったらしいと考えられています。このように、インカは文字を持たなかったため、マチュピチュについては、多くが想像の域を出ていないというのが実態のようです。

マチュピチュ遺跡の入り口近くに、ハイラムビンガムのプレートがあります。これによると、マチュピチュ遺跡の発見は1911年7月24日だそうで、そういえば上野の国立科学博物館でマチュピチュ発見100年インカ帝国展ををやっていましたね。

王の別荘の水洗トイレ ハイラムビンガムのプレート マチュピチュ遺跡からの俯瞰

マチュピチュ遺跡から400m下の谷底を俯瞰すると、ウルバンバ川に沿って続く線路が見渡せます。マチュピチュ駅は山の影で見えませんが、ズームアップするとその一つ下流側にあったプエンテ・ルイナス駅(跡?)に留置されているビスタドームの客車が見えます。ここは、遺跡に向かうマイクロバスがウルバンバ川に架かる橋を渡るところで、かつてはこの駅が列車の終着駅でここからバスに乗り継いだのだとか。

旧プエンテ・ルイナス駅にビスタドームの客車が留置 線路がウルバンバ川を渡る鉄橋

さらに下流には、ウルバンバ川に架かる鉄橋が見えます。マチュピチュから下流側のキャバンバまでの区間は、1998年の洪水による土砂崩れから復旧せずに廃線になったとの情報を見たのですが、実はこの部分の途中までペルーレイルのホームページに掲載されていない列車が運行していることがわかりました。

 


旧アグアスカリエンテス駅の列車

遺跡横のサンクチュアリー・ロッジで昼食後、もう一度マチュピチュを散策してから、バスでマチュピチュ村におります。村の中心、アルマス広場では、インカの踊りが繰り広げられています。

村の中を流れるアグアスカリエンテス川 アルマス広場でインカの踊り 旧アグアスカリエンテス駅に続く線路

マチュピチュ駅は、頭端式のホームが並ぶ駅ですが、近年になって現在の場所に整備されるまでは川沿いの商店街の中にあるアグアスカリエンテス駅が使われていました。マチュピチュ駅の入り口で分岐して、今も線路は続いています。

その、旧アグアスカリエンテス駅をのぞいてみると、いろんな車両が留置されています。

旧アグアスカリエンテス駅のマチュピチュトレインのディーゼルカー

まず目にとまったのは、アンデアンレイルウェイズ、マチュピチュトレインの車両。2009年から参入した会社のようですが、どこからこんな中古車を調達してきたのでしょうか。片側の正面は貫通式で、反対側は非貫通式の4枚窓のディーゼルカーで、電気式かと思ったのですが床下をのぞくとエンジンで片方の動力台車(下の写真の砂箱付きの方)を直接駆動しています。

ダブルルーフのような屋根の出っ張りは後から乗せたエアコンでしょうか。側窓は大きく、ビスタドームと同様に天窓を開けています。車内は転換式のクロスシートですから乗ればそれほど見劣りはしないかと思いますが、密封コロ軸受に改造がご愛敬ですが古風なイコライザイー式の台車では、線路状態の良くないこの路線では乗り心地はいかがなものかと。

     
マチュピチュトレインの古風な台車       レールバス?

その後ろには、黄色いレールバスにも満たない小さな2軸車がいます。テレビ番組で、ハイラムビンガム号の先導車として、線路状況の確認のためにこの車両が走っている映像を見たように思います。その奥には、インカレイルのディーゼルカーの中間車が1両。

マチュピチュ村にビールを運んできた貨車 貨車から降ろされた薪と煉瓦

マチュピチュ村には外部から道路が通じていないので、必要な物資は全て鉄道で運び込むのでしょう。側線に停車中の貨車からは、食料品から建設資材、ガスボンベまでいろんなものが降ろされ、ここから先は人手で運ばれていきます。

プロパンガスボンベも貨物列車で ペルーレイルのディーゼル機関車と客車

さらにその先には、ペルーレイルの客車が2両、ディーゼル機関車とともに休んでします。そのとき、川下の方から汽笛が聞こえ、ディーゼル機関車が2両の客車を牽いて現れます。プエンテ・ルイナス駅からの回送列車かと思ったら、何と外国人を含む大勢の乗客が乗っています。マチュピチュから先は廃線だったのでは?? どこから来た列車でしょうか。

下流の方から旅客列車がやってきた 旧アグアスカリエンテス駅でマチュピチュトレインと並ぶペルーレイル

列車はこの場にしばし停車後、後部に側線に留置していた2両の客車を増結して発車していきます。この先のポイントでスイッチバックして、マチュピチュ駅に入線するのでしょう。

 

マチュピチュ駅の列車

オリャンタイタンボに向かう列車に乗車するまでの時間を利用して、今度はマチュピチュ駅で列車の撮影です。駅の入り口には、3社の切符売り場が並んでいますが、乗客はみんな事前に予約しているのか閑散としています。

マチュピチュ駅 3社の窓口が並ぶ切符売り場

そのマチュピチュ駅に、ペルーレイルが運行する地元住民向けの列車の時刻と料金の掲示を見つけました。マチュピチュとオリャンタイタンボ間に1日4往復、マチュピチュと水力発電所間に1日3往復の列車が設定され、料金はそれぞれ10ソルと5ソル。1ソルが30円程度ですから、外国人料金の1/15から1/20の安さです。

水力発電所がどこか、ネットで調べてみると、マチュピチュからウルバンバ川の下流に10kmほど行ったところとわかりました。マチュピチュから下流側の線路は全線が廃線になったのではなく、途中までは今も運行が続けられているのです。

地元民用の列車時刻(クリックすると大きな写真が開きます) インカレイルのディーゼルカー

先ほどの乗客が乗っていた下流からの列車は、水力発電所発マチュピチュ行きでした。外国人は150円では乗車できないでしょうが、クスコからバスや乗り合いトラックを乗り継いで水力発電所に行き、道路のないマチュピチュ村まで10kmの線路を3時間ほど歩くのは、バックパッカーには有名なコースなのだとか。でも、遺跡から見えた鉄橋を徒歩で渡る時はスリルがあるでしょうね。

マチュピチュ駅には、ディーゼルカー3両編成のインカレイルの列車も出入りします。このクルマも、やっぱり天窓が付いています。ビスタ-ドームと同等のクロスシートを装備していますが、全室運転台で客室から前方は見えず、かぶりつき席はありません。それにしても、床下のエンジンからの排気管が車体の外に沿って屋根上まで伸びているのは、ペルーレイルのビスタドームも同じですが、何故日本の車両のように車内を通さないんでしょうね。

マチュピチュ駅に停車中のインカレイルの列車

改札を通って、列車に向かいます。種別はビスタドームですが、今回はディーゼルカーではなく機関車がわずか2両の客車を牽引する列車です。しかも、隣のホームにいる後発のエクスペディアが屋根に窓のあるビスタドームの車両を使用しているのに、こちらはビスタドームの車両ではありません。

ペルーレイルのビスタドームとエクスペディション ビスタドームを牽くディーゼル機関車

でも、座席は川側2人掛け、山側は1人掛けのシートで、私たちの車両にはありませんが、隣の車両はテーブルクロスがかかりディナーの準備ができています。でも、この車両が面倒なことを引き起こすことに。

隣の車両ではディナーの準備が 単行でマチュピチュ駅を発車するマチュピチュトレインの列車

先に、マチュピチュトレインの列車が発車していきます。どうやらこの会社、赤い101号とオレンジの102号の2両を保有しているだけで、列車は単行運転です。101号と102号の貫通扉が逆向きなので、2両編成を組むことも考えているのでしょう。でも、果たしてこれで儲かっているのかな。

 


 

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