翌日は、リマからスター・ペルー航空の国内線でインカの都クスコに飛びます。気流の関係か有視界飛行だからか、クスコ便は早朝から午前中に集中しています。今日もすごい早起きで、夜明け前にホテルをチェックアウトして空港に向かい、空が明るくなってきた頃には離陸です。
まだ暗闇 未明のリマ・ホルヘ・チャベス国際空港 | 夜が明けてきてスターペルー航空の国内線に搭乗 |
リマから東南東に600km、飛行機で約1時間。アンデスの山中にあるクスコの標高は3400m。太平洋岸のリマから1時間で、いきなりこんな高地に降り立つと高山病の危険があります。でも、今回はパックツアーなので添乗員の他に現地ガイドまで付いて楽ちん。
クスコに到着 | クスコ・アレハンドロ・ベラスコ・アステテ国際空港 |
空港からバスで市内へ向かいます。途中、ペルーレイルのサン・ペドロ駅前を通ったら、蒸気機関車が展示してあります。かつてこの駅は、クスコからマチュピチュに向かう列車の始発駅だったのですが、途中の何段ものスイッチバックによる峠越えを嫌ってか、今では始発駅が山の向こうの遙か郊外になり、ここまで列車はやってこなくなってしまいました。
サンペドロ駅前の蒸気機関車 | サントドミンゴ教会前のクスコの街並み |
クスコの中心に近い交差点でバスを降り、サント・ドミンゴ教会に向かいます。街の向こうの山には、VIVA EL PERU ペルー万歳の文字が刻まれています。その右側の山にあるのは、ちょっと薄くなっているもののペルー国家の紋章だそうです。
クスコは、インカ帝国の名残と征服者スペインが融合した街。市内の高台に建つサント・ドミンゴ教会は、インカ帝国時代に政治と宗教の中心となる、黄金に彩られた太陽の神殿(コリカンチャ)が建っていた場所です。
16世紀にインカを征服したスペイン人は、神殿の黄金を全て本国に奪い去った後、石積の土台だけを残してその上に教会を建てました。後年の地震でスペイン人の教会が崩壊したときも、カミソリの刃1枚の入らないという精巧な技術で組み合わされたインカの石積みはビクともしなかったという逸話が残っています。
サント・ドミンゴ教会 | サント・ドミンゴ教会の土台はインカの石積 |
教会の内部にも美しい石組みを見ることが出来ます。回廊に囲まれた中庭の隣には、太陽の神殿当時からの少し傾斜をつけた石壁で囲まれた部屋が並んでいます。各部屋の壁には、いくつもの縦長の台形のくぼみがあり、黄金の神像などが置かれていたとされています。
回廊に囲まれたサント・ドミンゴ教会の中庭 | 石組みの部屋の内部 壁の窪みに黄金 中央に生け贄が置かれた石 |
一つの部屋には、中央に石台があります。これは、儀式の時にリャマの生け贄を置いた台だそうです。また別の部屋には出っ張りやくり抜き、溝などの加工のある数多くの石が置かれています。このような形に加工した石を組み合わせることで、耐震性のある強固な石組みを構成しているのだとか。
出っ張りやくり抜き 溝などの加工をした石を組み合わせる |
インカ時代の太陽の神殿(コリカンチャ)の再現模型 |
インカ時代の太陽の神殿、コリカンチャの再現模型が置かれています。今も残る石組みの上部に、当時は金の装飾帯が付けられて輝きを放っていたことを表しています。
王の玉座があったといわれている箇所 | インカの世界観を表す金の板(レプリカ) | 教会の庭に咲くアンデスの花 |
インカの世界観を表す金の板があります。レプリカだから、金メッキかもしれません。インカでは、世界はコンドルが守る天上の世界、ピューマが守る地上の世界、蛇が守る地下の世界の三層に分かれていたそうです。
教会に庭に、ちょっと変わった花が咲いていました。アンデスが原産でしょうか。
バスに乗って、クスコの郊外に向かいます。山に向かって坂道を登り、また一段と標高が高くなってきました。着いたところはサクサイワマン遺跡、クスコを守る要塞だったとされる場所です。インカの石組みの技術で、ピタリと組み合わさった巨石が3層に積み重なっています。
サクサイワマン遺跡 | 隙間なく巨石が積み上げてある |
スペインの侵略に対して、インカの兵士はここに立てこもって対抗したものの、夜間は戦わないというインカの風習を突かれ、あえなく敗退してしまったのだとか。巨石にヘビの形が彫られています。インカ時代にはここに金のヘビが埋め込まれていて、スペインが奪い去ったとの説があります。
巨石に彫られたヘビ | キリスト像がクスコを見下ろす |
サクサイワマンの広場は、毎年6月下旬に行われる南米三大祭りの一つ、太陽の祭り、インティ・ライミが開催される場所になっています。現代でも、この日1日だけはインカ帝国が復活するのだとか。
サクサイワマンからクスコの街を見下ろす場所に、両腕を広げたキリスト像が立っています。リオデジャネイロやリスボンのキリスト像に比べるとずっと小さいものの、夜はクスコの街から見上げるとライトアップされた姿が夜空に浮かびます。
記念写真用にリャマやアルパカを連れたインディオの人々 | 両手と頭に土産の商売物を持って移動 |
サクサイワマンの標高は3,700m程度あるのでしょうか、クスコ市内から見上げていた VIVA EL PERU の文字を、ここでは上から見下ろします。近くには、観光客相手に土産物を売る露店や、一緒に写真に収まって収入を得ているモデル屋さんがリャマやアルパカを連れて待ち構えています。
サクサイワマンからバスで5分程度のところに、ケンコー遺跡があり、こちらは大きな石灰岩の岩を加工しています。宗教的な祭礼の場として使用されていたとされ、岩の上には生け贄の血を流して占いをするジグザグの窪みが彫られているとのことですが、登れないので確認はできません。また、正面に鎮座する石はピューマが浮き彫りにされているとガイドブックには書いてありますが、見てもよくわかりません。
ケンコー遺跡の全景 | ケンコー遺跡の正面 どこがピューマ? |
遺跡の裏側は、石灰岩を削って作った通路や洞窟になっていて、その中には岩を削って生け贄を置いた台座や王の玉座も作られています。ケンコーからも、クスコの街並みがよく見渡せます。
王の玉座(おそらく)と生け贄の台座(奥) | ケンコーから見下ろすクスコの町並み |
さらにバスで走ると、プカ・プカラの遺跡です。入口にはお土産屋さんの露店が並んでいますが、ここは関所の跡で、インカの都クスコに出入りする人を見張ったいわれています。
プカ・プカラ遺跡の入り口 | 遺跡を背に露店が並ぶ |
遺跡の近くでは、放牧中のリャマが散歩していたり、屋根に魔除けの乗る一般家庭があり、クスコの郊外に住む人々の日常の営みが垣間見られます。
遺跡の近くでリャマのお散歩 | 屋根に魔除けが乗る民家 |