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高雄駅旧駅舎と三鳳宮

旗津半島から再びフェリーで高雄港を横断し、西子湾駅から地下鉄で高雄駅まで戻ってきました。地下鉄から出たところに日本統治時代末期の1940年に建てられた高雄駅の旧駅舎が、歴史的建造物として保存されています。

10年前の新幹線開通前に高雄に降り立った時は、まだ現役の駅舎でしたが、今では“高雄願景館という資料館に生まれ変わり街のシンボルとなっている”とガイドブックにありますが、工事でしょうか、まわりをフェンスに囲われて電気も消えたまま。

高雄駅旧駅舎 三鳳宮

高雄駅から近い三鳳宮は、清の時代の創建で300余年の歴史のある寺廟。と言っても、移転やら何やらで今の中国北方宮殿式の建物になってまだ40年ほどだそうです。道教の古刹ですが、主祀の中壇元帥の他に釈迦如来や観音菩薩をはじめ、さまざまな神々を祭っていて、寺廟の百貨店になっているところは台湾では何処も同じ。ここでも熱心にお詣りする人々を見かけます。

境内にはトラックが停まり、荷台を開けて何やら準備をしています。スピーカーや液晶モニター、近所の人々が集まりはじめていて、上映会かカラオケ大会でも始まるのかな。

三鳳宮の内部 境内ではカラオケ大会?

 


六合国際観光夜市

三鳳宮から、台湾名物の夜市に向かいます。ここ六合国際観光夜市は、長さ数百mにわたって屋台が連なる歩行者天国。添乗員に引き連れられてゾロゾロ見て回る団体さんもいますが、観光客向けで高雄の地元の人が行く夜市は別にあるのだとか。函館朝市のようなものですかね。

六合国際観光夜市
高雄港駅のホーム 米血糕に挑戦 これ豆干だったっけ

国際観光夜市だけあって、一部の店では英語のメニューも出ています。以前から一度チャレンジしてみようと思っていた米血糕(Pig blood cake)があったのでテイクアウト。もち米に動物の血液(豚の場合は猪血糕アヒルは鴨血糕と書く場合もあり)を加え固めた、台湾の伝統食品です。もちもち感はあるが、まあ一度食べれば良いかというのが正直なところ。固めの豆腐、豆干の串刺しでお口直しです。

台湾の屋台と言えば、蚵仔煎でしょう。牡蠣オムレツや牡蠣のお好み焼きといわれますが、蚵仔煎は蚵仔煎。甘酸っぱいタレがかかっていてうまい。

牡蠣オムレツ 蚵仔煎

看板に、日本語にはないさかなへんの漢字が並ぶ魚はサワラ。とろみスープ麺にサワラの唐揚げが泳いでいて、これまたうまい。地元民は来ないなどといわれていますが、リーズナブルな値段でおいしいものが色々食べられる六合観光夜市、明日の夜もまた来ようかな。

唐揚げサワラのあんかけ麺

朝の台北駅で翌日の指定席の確保できない列車が続出して、やむなく自強号から区間車や普快車に変更したものの、時間がかかるため高雄への帰着が21時半を過ぎるので、台東から駅弁で有名な池上往復を諦めることに。夜市の帰りに高雄駅に立ちより、台東から早めの莒光号を確保しました。これなら、19時過ぎに高雄に帰って来れます。


高雄から区間車で枋寮へ

台湾2日目は、南廻線に最後に1往復だけ残った旧型客車の鈍行、普快車に乗りに行きます。高雄駅は、台鉄線の地下化工事が行われています。台北のような地下ホームになり、いずれは左營で止まっている新幹線もここまで伸びてくる計画です。

駅の跨線橋に“未来式移動高雄環状軽軌列車”のポスターを見つけました。高雄市内を一周するLRTが計画されていて、台鉄高雄臨港線を活用する部分が、2015年に先行開業の予定だそうです。

高雄駅改札 台鉄の地下化工事
軽軌(LRT)ができるらしい 区間車と莒光号

新左營始発の枋寮行き区間車が、ディーゼル機関車に牽かれて入線してきます。復興号に使われてきた客車で、ずらりと並んだ座席は日本の国鉄の183系などで使われた簡易リクライニングシートに似ています。復興号と区間車は同じ運賃です。ロングシートの電車に比べると、客車列車はハイグレードですが車内はガラガラ。

枋寮行き区間車が入線 ガラガラの車内

復興号は莒光号よりシートピッチが狭く、フットレストもありませんが、この客車は窓割りとシートが一致しません。古い手動ドアの莒光号を格下げ改造してシートを交換し、ピッチを詰めたと見受けます。非常口の部分はシートピッチが極端に広くなっています。はじめはここに座ってみたのですが、窓が無いのと広すぎて落ち着かないので移動します。

区間車は各駅に停車しますが、案内放送は無し。高速からのシャーッというブレーキ音が懐かしい。九曲堂駅で、ディーゼルカーの自強号が追い抜いていきます。あれの指定席がとれなかったんだ。

非常口前はシートピッチが広い 九曲堂で自強号の通過待ち

九曲堂を発車した列車は、川幅1.5kmの高屏渓を渡ります。橋は複線電化の際に架け替えられていますが、日本統治時代に広い川幅と急な流れを克服して建設し、1983年まで使用された下淡水渓鉄橋が、国家二級古蹟に認定され保存されています。その後、2005年の台風により3連のトラス橋が流され、分断された姿を見せています。

台風で中央部が流された下淡水渓鉄橋

車窓に、水しぶきを上げて水車が回る養殖池が次々と現れます。暖かい台湾南部に適したウナギの養殖場でしょう。昔は日本でも、浜松付近で新幹線の車窓によく見かけました。

区間車は屏東に到着します。複線電化区間はここまで。屏東で下車しても次の莒光号まで余り時間が無く、散策はまた次に機会にして、そのまま枋寮に向かいます。

ウナギの養殖施設 屏東駅

屏東から先は単線非電化となりますが、椰子の木やバナナの茂るのどかな車窓に工事区間が現れます。高架化された部分を見ると、複線電化工事が行われていると思われます。車掌さんが車内を検札に回ります。

区間車は、木造駅舎の残る小さな駅にも丁寧に停車していきます。ホームに日本と同じ飲料の自販機があります。厳禁相撲力士飲用の黒松茶花は、やせるお茶でしょうか。日式無糖を確認しないと甘いお茶になるので要注意。

やせるお茶でしょうか 木造駅舎の竹田駅

潮州駅の先で、大規模な車両基地の建設工事が進んでいます。これが完成すると、屏東線の捷運化で現在は屏東止まりの電車が潮州まで直通して大幅に増発され、潮州駅が南台湾の拠点駅の一つになるのでしょう。数年後には、ディーゼル機関車の牽く客車列車の区間車は残ってないかもしれません。

潮州に車両基地を建設中

南州で交換した莒光号には、台湾の原住民、少数民族を描いたラッピング車も組み込まれています。鎮安から先は高架になり、見晴らしの良い車窓です。

南州駅原住民を描いたラッピング車を連結した莒光号と交換

こうして、自強号が1時間少々のところを2時間かけて、区間車は終着駅枋寮に到着です。この区間車は復興号の車両なので、シートが良く疲れません。折り返し運用に向けて、係員がドア横の行き先表示を1両ずつ、手作業で入れ換えています。

終点枋寮で行き先札を交換 枋寮駅

 


 

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