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路線バスでロヴィニへ

バスでプーラとポレチの間にあるロヴィニまで戻ります。

▲ ロヴィニに向かうバスの車窓にオリーブ畑

卵形の小さな半島状に、アドリア海に突き出たロヴィニ旧市街。ロヴィニのバスターミナルは半島の付け根にあり、小さな漁船やヨットの停泊する港を経て旧市街へ。船にカメラを向けたら、漁師が漁網を見せてくれました。

▲ ロヴィニの港の向こうに旧市街

▲ 巻き網漁船が停泊中

▲ 漁師が網を見せてくれた

小さな木造漁船のブリッジの前に人魚の木彫り。

▲ 小型の木造漁船

▲ ブリッジの前に人魚の木彫り

 

丘の上の聖エウフェミア教会

港越しに見る旧市街の真ん中、小高い丘の上に聖エウフェミア教会の鐘楼がそびえ立ちます。ロヴィニは6世紀ごろには歴史に登場する古い街。13世紀末から500年間、ヴェネツィア共和国の一部でした。島と本土の間を埋め立て、イストラ半島から地続きになったのは18世紀。オーストリア・ハンガリー帝国からイタリア、ユーゴスラビア、クロアチアと国が変わり、今もクロアチア語とともにイタリア語が公用語になっていて、イタリア語名はロヴィーニョ。

▲ 港越しに見るロヴィニの街と聖エウフェミア教会

港の前の湾に面したチトー広場から、メインストリートをアドリア海側のヴァルディボラ広場へ。青空市が出ています。

▲ ヴァルディボラ広場に青空市場が出ている

▲ ヴァルディボラ広場に立つ碑

ヴァルディボラ広場から、坂道になった旧市街の狭い石畳の路地を通って丘の上を目指します。

▲ 広場から教会の丘に登る坂道

港町らしく、坂の途中に手作りの船のミニチュアを売る店が出ています。

▲ 坂道の途中で船のミニチュアを売っていた

▲ 丘の上に着いた

丘の上には、18世紀に建てられたイストラ半島最大のバロック教会、聖エウフェミア教会とその鐘楼。ベネツィアそのものの鐘楼も、イストラ半島一の高さ63m。

▲ 聖エウフェミア教会と鐘楼

その上から見下ろしているのは、ロヴィニの守護聖女の聖エウフェミア。手には、勝利のシュロとシンボルの車輪が握られています。

▲ 勝利のシュロとシンボルの車輪を持つ聖エウフェミア

聖エウフェミア教会の内部には、ロヴィニを腕に抱く聖エウフェミア像や、聖エウフェミアの石棺が納められています。

▲ 聖エウフェミア教会の祭壇

▲ ロヴィニを腕に抱く聖エウフェミア

▲ 聖エウフェミアの石棺

教会の丘からは、赤い屋根のロヴィニの街と紺碧のアドリア海に浮かぶ島々のパノラマが広がります。

▲ 教会の丘から紺碧のアドリア海

▲ 近くの小島

▲ 沖合の小島

 

ロヴィニ旧市街

旧市街の迷路のような路地を、チトー広場を目指して降りていきます。両側には小さな窓やバルコニーの古い家々。海風にはためく、生活感溢れる洗濯物。

▲ 十字架があるけど教会?

▲ 庶民の信仰

▲ 洗濯物がはためくロヴィニ旧市街の路地

旧市街から港に面したチトー広場への出口にあるバルビ門。ヴェネツィア時代の17世紀に建てられた、旧市街を取り囲んでいた城壁にあった門の一つ。

▲ 港に面したチトー広場

▲ 市立博物館と左横の旧市街の入り口バルビ門

よく見ると、上部にヴェネツィアのシンボルである翼のあるライオンが刻まれています。

▲ バルビ門にヴェネツィアのシンボル翼のあるライオン

▲ パステルカラーの建物が噴水を取り囲むチトー広場

 

路線バスでポレチへ

ロヴィニバスターミナルから路線バスでポレチに戻ります。車窓には再び深く切れ込んだフィヨルドの姿が。

▲ 再び車窓にフィヨルドが見えてきた

これでクロアチアとお別れ。ホテルに隣接のショッピングセンターで残ったクロアチアの通貨クーナを使い切り、翌日はスロベニア経由でイタリアへ。

▲ カジノを併設したホテルとショッピングセンター

▲ ポレチ港

▲ アドリア海の夕焼け

スロベニアのシュコツィアンは、こちら


旅のヒント

2016年のゴールデンウイークにクロアチアからスロベニア、イタリア北東部に行きました。2009年の冬にスロベニアとクロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ3ヶ国のパックツアー10日間の定番コース、スロベニアのブレッド湖とポストイナ鍾乳洞、クロアチアのアドリア海沿岸部オパティア、リエカ、シベニク、トロギル、スプリト、ドゥブロブニクと内陸のプリトヴィツェ湖群、それにボスニアヘルツェゴビナのモスタルを観光バスで巡りました。

団体旅行なので仕方がないのですが、途中のスプリト駅に立ち寄った以外には鉄分の少ない旅行。首都のザグレブやリュブリャナにも訪れていないので、2016年は個人旅行を計画し、ザグレブに入ってクロアチアからスロベニアを鉄道で巡り、イストラ半島から北東イタリアに入ってヴェネツィアから帰ることに。

旧ユーゴスラビアの国々中では、スロベニアやクロアチアの内陸部はまだ比較的鉄道が使えます。といっても、ドイツのミュンヘンからオーストリアのウィラッハを経てリュブリャナ、ザグレブを通ってバルカン半島を縦断する幹線の国際列車の編成が、両国の首都の間ではわずか客車3両からわかるように利用者は少なく、公共交通機関の主力はバスです。

クロアチア、スロベニア両国にまたがるイストラ半島にも鉄道はあるものの、観光客には全く使えません。一方では、旧共産圏ではタクシー代が安く、特定の都市間では定額運賃の設定もあるようで、4人程度の人数がまとまるのであれば運転手との交渉で、交通不便なイストラ半島で国境も越え、移動時間の大幅な短縮も可能であることを経験しました。

2016年5月旅
2019年3月記
2021年3月改


お役に立つリンク集

旅行のプランニングの参考にしたリンクをそろえました


スロベニアのシュコツィアンへ→  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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