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路線バスでプーラへ

前日にポレチの観光を終えたので、予定を繰り上げて朝のバスでイストラ半島の南端、プーラに向かいます。あらかじめネットで調べていた時刻以外にもバスの便がありそう。 乗車したユーロラインは、大型の高速バスタイプで快適な車内。

▲ ポレチバスターミナルのプーラ行き

▲ 車内は快適

アドリア海沿いを行くのかと思ったら、ポレチとロヴィニの間に海からフィヨルドが半島の内側に向かって深く切れ込んでいて、橋が架かっていないようで、半島の内陸部を南下します。

▲ 車窓のフィヨルド

遥か向こうにアドリア海の水平線が見え、ポレチから1時間40分ほどでプーラの街はずれにある長距離バスターミナルに到着。

▲ 車窓の遥か向こうにアドリア海の水平線

▲ プーラ長距離バスターミナルに到着

帰りのロヴィニに行きの時刻をデジカメに撮っておきます。運行日が限定の便も多いので、脚注を注意深く確認せねば。クロアチア国内各方面のほか、ドイツのミュンヘンやイタリアのヴェネツィア行きなどの国際便も。

▲ 帰りのロヴィニ行きの時刻を確認


クロアチア鉄道プーラ駅

バスターミナルからプーラ市内に向かう前に、ちょっと寄り道してクロアチア鉄道のプーラ駅に立ち寄ってみることに。プーラはイストラ半島の南端、旅客列車は終着駅ながら、貨物線は地図の上では市街地方面に向かい港まで延びています。

貨物用らしき長いホームがあり、その上には倉庫が建っているものの貨車も人の姿も見えず、果たして使われているのかどうか。その先に2階建ての立派な駅舎があり、ちょうど列車が着いたのか、わずかな乗客が徒歩で市街地の方に向かいます。

▲ 貨物ホームの上に倉庫

▲ 立派なプーラ駅舎

駅舎の手前にはC型のタンク機関車が1両。石炭庫をかさ上げ改造したのか、バック運転時の見通しが悪そうな機関車。クロアチアやスロベニアの主な駅に蒸気機関車が置かれていて、ユーゴスラビアの時代から保存展示されているのでしょう。

▲ C型のタンク式蒸気機関車が保存

▲ 石炭庫をかさ上げした?

駅では、2両編成の緑色のディーゼルカーが1面2線のホームから隣の留置線に転線作業中。スロベニア鉄道の711型です。空気ばねの台車を履いた長距離タイプで、ユーゴスラビア当時は首都ベオグラードからオーストリア乗り入れにも使われていたらしい。

▲ スロベニア鉄道のディーゼルカー

車体側面のサボには1472/ISTRAとあり、列車番号と愛称名でしょうか。リュブリャナ、ポストイナ、ピブカ、ディヴァチャ、ラキトヴェック、ブゼト、プーラは停車駅名でしょう。早朝にスロベニアの首都リュブリャナを出発して、2日前にコペルに向かった路線をたどり、コペルの手前で分岐してイストラ半島の中央部を縦断し、5時間以上かけて南端のプーラに到着したようです。

▲ リュブリャナ←→プーラのサボ

ホームをはさんで留置線の反対側にはクロアチア鉄道の車庫があり、正面2枚窓の何ともすごい落書きまみれのディーゼルカーが留置中。この車両、20年ほど前にスウェーデンのローカル線で出会っているので、クロアチアが中古車を購入したのかもしれません。

▲ 車庫とクロアチア鉄道のディーゼルカー

このようにクロアチア鉄道のイストラ半島の路線は、ポレチなどの都市のある沿岸部は通らず、国境を越えてスロベニア鉄道に接続して一部の列車はリュブリャナまで直通しているものの、自国の首都ザグレブへは途中区間バスに乗り継いでの大回りで1日がかり。孤立路線は、分断国家を象徴しているようです。

▲ ホームから見た駅舎

駅舎の時刻表では定期列車は各駅停車のみ1日に4本で、うち1本がリュブリャナまで直通、他の3本は国境の手前、クロアチア国内のブゼト止まり。この他に、先ほどの緑のスロベニア車を使った急行1本を含め、運行日限定の列車が5本設定されているようですが、果たしてどれだけの利用者がいるのか。

▲ 時刻表が貼ってあった

▲ 壁面に展示物

駅での滞在時間中、出札窓口1個所だけカーテンが開いているものの職員はおらず、乗客に出会うこともありませんでした。

▲ 人気のない駅舎内

▲ 窓口が1個所だけ開いているけど職員がいない


ローマ時代の円形競技場

駅をあとに、市街地に向かいます。オーストラリア時代の優美な建物の隣には、ユーゴスラビア時代に建てられたであろう共産圏を象徴するコンクリート造りの無粋なアパートも。

▲ ユーゴスラビア時代の無粋なアパート

プーラは、3000年の歴史のあるアドリア海東岸最古の街。ローマ時代には通商の中継地として栄え、今も残る遺跡が昔日の繁栄を伝えています。向こうに、1世紀に造られた円形競技場が見えてきました。楕円形の長径が132m、短径が105m、収容人数25,000人で現在もコンサートやバレーなどの劇場として使われることもあるのだとか。

▲ 円形劇場が見えてきた

▲ 円形劇場の外観

▲ 円形劇場の外観

長い年月を経て、円形競技場の石材が教会をはじめとするプーラの街の建設のためにリサイクルされてはぎ取られた部分も多く、観覧席は半分だけ。ローマ時代の剣闘士が、子供と一緒に写真に納まる姿も。

▲ 円形劇場の内部

▲ 観覧席は半分だけ残る

▲ ローマの剣闘士がいた

▲ 円形劇場の外にはベネチア風の教会

 

プーラ旧市街

ローマ時代の街は城壁に囲まれていて、当時からの門が3ヶ所残っています。その一つ、セルギウスの凱旋門は紀元27年の建造。

▲ 旧市街の入り口のひとつセルギウスの凱旋門

この門から先が旧市街で、ローマ時代にメインストリートだったディクマヌス大通り。今はセルギュヴァチャ通りで、凱旋門の先のカフェでくつろぐブロンズ像は、アイルランド人作家ジェームズ・ジョイス。

▲ カフェでくつろぐアイルランド人作家ジェームズ・ジョイス

▲ 商店が並び賑わう旧市街

▲ 旧市街のセルギュヴァチャ通り

パステルカラーの建物はヴェネツィア共和国の影響を大きく受け、クロアチア語のプーラはイタリア語ではポーラ。旧市街の中央部は丘になっていて、頂上にはプーラ城。そこに通じる脇道は階段状の坂道も。

▲ 脇道の坂を上ると

▲ 古い教会があった

セルギュヴァチャ通りの先にあるのは、ローマ時代の公共広場フォロ。

▲ ローマ時代の公共広場フォロ

紀元前後のローマ初代皇帝アウグストゥスに時代に建てられたアウグストゥス神殿と、13世紀にヴェネツィア共和国庁舎として建てられ17世紀に改修、今は現役のプーラ市庁舎が並んでいます。

▲ 紀元前2世紀から紀元ごろ建築のアウグストゥス神殿

▲ アウグストゥス神殿のファザード

▲ 13世紀末建築の市庁舎

そのすぐ先には、ローマ神殿の跡地に5世紀頃創建、15世紀に再建されたプーラ大聖堂と鐘楼。

▲ プーラ大聖堂と鐘楼

時間配分がまずく、バスの時間が近づいてきたので、ローマ時代の双子門をチラッと見ただけで、プーラ城には登らずにバスターミナルへ。

▲ ローマ時代の双子門


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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