予讃本線

予讃本線の列車

予算本線のオレンジカード

予讃本線の想い出

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キハ20,キハ32
DE10+50系客車
'87.9 松山

キハ54+キハ20

'87.9 松山
キハ181系特急
とキハ58系
'87.9 高松
キハ183系特急
と121系電車
'89.9 高松

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四国の主役列車はまだ全車国鉄色です
JR四国のオレンジカード

 

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私にとって四国の鉄道には縁が薄かったようです。時々高知に出張していたものの、いつも羽田と高知空港の往復で、四国の国鉄には乗る機会がありませんでした。

1987年3月31日限りで日本国有鉄道が幕を閉じ、新しくJR四国が発足しました。翌年には瀬戸大橋の開通を控え、宇高連絡船の廃止が待ち受けています。そんな1987年9月のある日、高知出張の帰りが金曜日だったので、松山に立ち寄ってから予讃本線の乗車と連絡船の乗り納めをしてみようなどと思いつきました。航空券をキャンセルして、高知駅前からJR四国バスの南国号に乗り、久万経由で松山に向かいました。

松山に1泊して翌日は半日伊予鉄の路面電車に乗り、まだ電化されていない松山駅からキハ181系の特急で高松へ、宇高連絡船で宇野に渡りました。

JRの発足から半年足らずの予讃本線の列車は、まだ国鉄時代のままでした。松山駅には国鉄色のキハ181系の特急やキハ58系の急行、タラコ色のキハ20やDE10が牽引する赤い50系客車が出入りしていました。写真には、国鉄末期に製造された一般型気動車のキハ54やキハ32が写っていますが、当時は国鉄気動車の標準色であるオレンジ系の塗色だったのですね。

それから2年後の1989年に高松に立ち寄ったとき、列車はライトブルーのJR四国色に変わり、特急列車はステンレスのキハ183系が主力になっていました。

最近は松山や宇和島方面に出かける機会もあり、2000年に普通列車のみになってしまった伊予長浜経由の予讃本線に乗ったとき、キハ183系が2両でローカル列車の運用に入っていました。時代の流れの速さを感じます。

2001/12記

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