宇都宮(東北本線)線/高崎線

宇都宮線(東北本線)/高崎線の列車

宇都宮線(東北本線)/高崎線の想い出

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最終日の特急
“やまびこ”485系
'82.6
上野

特急“やまびこ”
485系
'82.6
日暮里
特急“はつかり”
583系
'82.10
日暮里
ひばり と やまばと
485系
'82.6 上野
特急“やまばと”
485系
'82.10 日暮里
         
特急“白山”と常磐
線の赤電の出会い

'82.10 日暮里
特急“あさま”
189系
'82.10 日暮里
特急“いなほ”
485系
'82.10 日暮里
はくたかとときの出会
489系と181系
'82.6 上野
特急“とき”
183系
'82.10 日暮里
         
客車急行
EF58+14系
'82.10 日暮里
特急“とき”
181系
'82.10 日暮里
85系の
急行電車
'82.10 日暮里
165系と185系
併結の急行電車
'82.10 日暮里
急行“佐渡”
165系
'82.10 日暮里
修学旅行電車
165系
'82.10 日暮里
新幹線リレー号
185系200番台
'82.10 日暮里
郵便電車と荷物電車
を併結した115系
'82.10 日暮里
荷物電車6連
クモニ83
'78 王子
十條製紙の引き込み線
DD13
'78 王子
         

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JRになってからだと思いますが、東北本線の上野口を“宇都宮線”と呼ぶようになりました。戸籍上はあくまで東北本線ですが、線区を限定するには便利な呼び名です。また、高崎線も戸籍上は大宮−高崎間ですが、上野−大宮間は一般には宇都宮線と高崎線の電車が線路を共用していると解釈されているようですので、ここでは、“宇都宮線(東北本線)/高崎線”としました。

この東北本線上野口が最も華やかだったのは、1982年11月の上越新幹線大宮暫定開業前です。東北、奥羽、磐越西、信越、上越などの各線から、次から次へと上野駅を目指して特急や急行列車がやってきます。なかでも、上野−尾久間は常磐線も含めた尾久に出入りする回送列車も通るため、北海道専用など一部を除き、当時の国鉄が誇る優等列車の大半の車種を見ることができました。

1982年6月に、一足先に緑の200系電車で東北新幹線が暫定開業しました。この時廃止された特急は、新幹線に愛称を譲った上野−盛岡間の“やまびこ”のみで、本数は減ったものの仙台行きの特急“ひばり”や急行“まつしま”などは残りました。

同年11月の上越新幹線開業と東北新幹線の増発で、信越系統の“あさま”と“白山”、奥羽本線や磐越西線の優等列車と一部の夜行を除く、新幹線と並行する特急や急行が廃止又は盛岡や新潟から先の区間のみに短縮され、東北本線上野口はすっかり寂しくなりました。

近距離の急行も、この改正に合わせて製造された185系200番台の電車を使用する新特急に代わりました。新快速が快速より速いのと異なり、新特急は停車駅も速度も急行と変わらず、転換式のシートにしたための値上げ、せいぜい準特急の呼ぶのが相応しい代物です。登場から20年近く経過して、やっとシートだけは特急として恥ずかしくないものに交換したと思ったら、塗色も変更になってしまいました。

そういえば、この185系は性能は165系などの急行用と揃えてあるようで、新幹線開業前には渋川まで185系と165系を併結した急行“ゆけむり”・“くさつ”もよく見かけました。

新幹線の始発が大宮のため、同じ185系を使用して“新幹線リレー”号が走り始めました。特別料金は不要でしたが、新幹線利用客以外の通勤客などは乗せないように、上野と大宮のホームには各車両に女性の案内係を配置していました。

新幹線開業の頃までは、まだ鉄道による郵便輸送や荷物輸送も盛んで、EF58の牽引する14系客車の急行にも郵便車や荷物車が連結され、客車の普通列車がなくなった路線では、一部の115系電車の上野側にクモニやクモユを併結していました。

今でも残っていると思いますが、王子駅から東十条方面に分かれる引き込み線では、田端機関区所属のDD13型ディーゼル機関車がパレット積みの貨車を牽引し、入れ換えに励んでいました。

2002/05記

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