羽越本線

羽越本線の列車

羽越本線の想い出

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急行“きたぐに”と
DD51の牽く列車の交換
'70.3
折渡

D51の牽引する
普通列車
'70.8 象潟
EF81の牽引する
50系客車の普通列車
'89.9
酒田
     

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羽越本線は、信越本線に接続する新津から奥羽本線と接続する秋田を結ぶ日本海縦貫線です。特急“いなほ”の他、寝台特急“あけぼの”、“日本海”、それに“トワイライトエクスプレス”が行き交う幹線です。

私が初めて乗った羽越本線の列車は、日本海縦貫線を走破する青森発大阪行きの特急“白鳥”です。1969年当時、奥羽本線の北部や羽越本線は電化される前で、“白鳥”はキハ82系の気動車で運転されていました。

次に羽越本線を通ったのは、翌年の青森行き急行“きたぐに”です。急行列車の標準的な編成で、スハ42系客車やナハ10系の軽量客車をDD51型ディーゼル機関車が牽引していました。

前夜の大阪からの寝台車は、午前の新潟で切り離しとなりとなりますが、オシ17型の食堂車は全区間にわたって連結され、夕刻の青森到着までに昼食と夕食の2回お世話になりました。

この頃の普通列車は蒸気機関車牽引で、新津方面ではC57が、秋田付近ではD51が使われていたと思います。

上越新幹線開通の2〜3年後のことだったでしょうか。新津で特急に乗り継ぎ、夜の府屋駅に降り立ったとき、特急停車駅であるにもかかわらず無人駅となっていたのには驚きました。

3度目に全線を走破したのは、JR化後の1989年です。青春18切符で青森から五能線をまわり、陸羽東線の古川で東北新幹線の最終に乗り継ぐため、秋田駅で奥羽本線普通列車の発車を待っているとき、隣に同じ50系客車の羽越本線新津行き普通列車が停車していました。

時刻表を見ると、新津で乗り継ぎ長岡まで行けば上越新幹線の最終で東京まで帰り着けることがわかり、海の見える羽越本線に乗り換えました。

EF81型電気機関車がわずか3両の客車を牽引する列車で、当時は“赤い50系なんか客車じゃない”などと思っていましたが、ロングシートのワンマン電車になってしまった今から思えば、贅沢な旅ができたよき時代だったんですね。

2005/01記

※ 撮影場所が折渡駅及び酒田駅とKouznetsov様よりご教示いただきました。ありがとうございました。

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