土佐電鉄

土佐電鉄の車両

土佐電鉄の想い出

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はりまや橋
626号ほか
'71.9

はりまや橋
627号
'87.9

はりまや橋
201号
'87.9

はりまや橋
201号ほか
'87.9

       

桟橋通
220号
'87.9

桟橋通
220号
'87.9

はりまや橋
801号
'87.9

はりまや橋
1001号
'87.9

       

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はりまや橋の交差点を中心に、東西に長く、南北に短い十字型の路線を持つ高知市電は、地元では“とでん(土電)”とよばれる、私鉄の土佐電鉄が運行しています。

電車の活性化を目指して、1990年代のはじめから、ヨーロッパの路面電車の中古車を導入して走らせ、最近では国産の低床連接車を導入するなど、積極的な経営が行われていますが、ここでお目にかける1970〜80年代の姿はオリジナル車と山電からの譲渡車が中心の、広告塗装のないすっきりした時代です。

私が初めて高知を訪れたのは1971年のことです。観光バスに乗ったまま宇野から高松にフェリーで渡り、金刀比羅宮を経て高知に入りました。自由のきかない団体旅行のため電車に乗ることもできず、バスの中からはりまや橋の交差点を渡る600型の連結車を1枚スナップ下だけで終わりました。

この1枚だけが旧塗装の電車で、車掌さんも乗車している貴重な写真です。当時は御免から安芸までの鉄道線もあり、この時代の広島電鉄宮島線と同様に、路面電車スタイルの600型が2連や3連で乗り入れており、急行も運転されていたのに訪れることができず、惜しいことをしました。

600型連結車の左手には、下関の山陽電気軌道の廃線により移籍してきた700型か800型が、ワンマンの新塗装でデビューしたばかりの姿が写っています。

それから10年後の、80年代はじめから90年代半ば頃まで、出張でよく高知を訪れる機会がありました。東京から鉄道では時間がかかりすぎるため、いつも羽田から高知空港まで飛行機です。最終目的地は春野だったり、室戸だったり土佐清水だったり、県内でも鉄道を使っていると仕事にならないので、土佐くろしお鉄道宿毛線の開通後に、一度だけ都合をつけて宿毛まで列車に乗車した以外は、空港からはいつもクルマで土電に乗る機会はありません。

空港から室戸へ向かう国道では、サイクリングロードになった土佐電鉄鉄道線の廃線跡や、建設途中で放置された国鉄安佐線の路盤や高架橋がと並行する場所があります。当時はとても安佐線の列車が走るとは思われなかったのに、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線として、途中の奈半利までとはいえ開通できて良かったですね。

1987年のある日、高知駅近くのホテルに宿泊していたので、早朝にホテルを抜け出し桟橋通まで電車に一往復乗りに出かけました。このとき、はりまや橋と桟橋通で数枚スナップしています。

当時は、都電6000型をモデルとした200型の201号と202号が車体更新工事を受け、土佐電鉄初の冷房改造車となったころです。正面中央の窓が幅広になり、方向幕も大型化、側面を見ると上段がHゴム支持のバス窓化、屋根上のクーラーの重量を支えるためでしょう、真ん中の柱も太くして若返っています。でも、何でまた一番古い車両を改造したんでしょうかね。

都電7000型をモデルに前面を絞らず、堂々としたスタイルの600型の627号は、単線の伊野線でラッシュ時に連結運転が残っていたため、連結器やジャンパ栓を備えたスタイルです。

今では小倉のモノレールになっている、西鉄北方線の連接車の廃車から主要部品を流用したとはいえ、土佐電鉄初めての冷房つきの新車1000型も当時は最新型で、200型冷房改造車とともに夏には貴重な存在でした。

2003/12記

 

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