東北本線

東北本線の列車

東北本線の想い出

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451/453系の急行
いわて1号 +
ばんだい1号 '69.8

167系の快速
メルヘン宇都宮
宇都宮 '90.8

寝台戦車改造の
715系1000番台
黒磯 '90.8

583系特急
はつかり
盛岡 '91.10

ED75重連の牽く
普通列車
好摩 '91.10

ED75重連の牽く
貨物列車
好摩 '91.10
キハ58系の
普通列車
好摩 '91.10
入れ換えに従事する
9600型蒸気機関車
青森 '70.9

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東北本線は、東京−青森間739.2kmの日本最長の路線というのは過去の話、東北新幹線の盛岡−八戸間の延伸で在来線が第三セクターのいわて銀河鉄道と青い森鉄道に移行し、今では東京−盛岡間と八戸−青森間に分断され、もうすぐ東京−盛岡間に短縮されようとしています。

1982年の新幹線開通前の東北本線は、上野を起点に首都圏と東北地方の各地を結ぶ長距離の昼行や夜行の特急や急行が頻繁行き交い、活気あふれる路線でした。

そんな東北本線の長距離急行に初めて乗ったのは、1969年の夏、上野を早朝6時40分に発車する盛岡行きの急行「いわて1号」です。451/453系急行電車の13両編成で、途中の郡山までは、基本編成の盛岡行き「いわて1号」の後ろに喜多方行きの「ばんだい1号」を併結し、基本編成、付属編成ともグリーン車を組み込み、基本編成にはビュッフェも連結していました。

現在の、「はやて」と「こまち」を併結した16両編成の東北新幹線は、グリーン車は1両で食堂車は無し、所要時間が短く需要が無いからかもしれませんが、編成としては昔の急行の方が格調が高いような…。

途中、花巻電鉄の馬面電車に出会うために「いわて1号」から花巻で途中下車、上野を1時間後に出た弘前行きディーゼル急行「みちのく」に乗り継いで、翌日、龍が森のハチロクを訪ねるための基地、花輪線の大更に着くまでが1日仕事でした。

東北本線といえば、今ではいわて銀河鉄道になっている、沼宮内、御堂、奥中山のD51やC60、C61の三重連が余りにも有名ですが、この10ヶ月前に東北本線の全線電化が完成し、大型蒸気機関車の勇姿を見ることは叶いませんでした。しかし、急行「八甲田」や「十和田」をはじめ、交流区間の普通列車も、牽引機がED75に交代しただけで、旧型客車の長い編成で運行されていました。

その後の東北本線は、東北北部や北海道への出張で時々利用しています。新幹線開通前は、時間を有効に利用するため夜行の利用が多かったですが、最近人気の583系交直両用の寝台特急電車はスピードを出すためか揺れが酷く、モーター音もうるさくて寝られないため、20系や24系のブルートレインを、切符がとれないときは急行の10系寝台を選ぶようにしていました。

1982年の新幹線盛岡開業後は、東北出張は新幹線利用、北海道出張は飛行機に移行したため、東北本線を使う機会は少なくなりました。八戸に行くときに、盛岡で特急「はつかり」に乗り継ぐ程度だったでしょうか。JR化後は、485系電車の指定席はシートを交換して座り心地が向上したのに、583系は昔のボックスシートのままで、盛岡でこれが待っているとがっかりでした。

そんな583系も、余剰車が近郊電車に改造されて黒磯以北に投入され、青春18切符でこの食パン電車に当たるとラッキーでした。ED75の牽引する旧型客車が、赤い50系や青い12系に代替わりしたのも遠い過去。

最近、大人の休日倶楽部会員パスを利用して、東北に出かける機会が戻ってきましたが、ロングシートの701系ワンマン電車がわずか2連で走る奥中山に、幹線の面影を求めることは困難です。

2009/11記

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