玉野市営電鉄

玉野市営電鉄の車両

玉野市営電鉄の想い出

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ディーゼルカー
キハ102
'69.3
宇野

キハ102と
104の交換
'69.3古塩浜

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玉野市営電鉄の前身は、1953年に宇野から水島を鉄道でむすぶことをめざして開業した備南電鉄です。宇野線の終着駅宇野と玉野市玉にある三井造船(株)の造船所をむすんでいた引き込み線を利用して開業しました。しかし、経営難が続き1956年に玉野市に経営を譲渡して玉野市電となりました。市電といっても路面電車ではなく、架線電圧1500Vの立派な郊外電車でした。

玉野市営になってから、三井造船の先にある玉遊園地まで路線を延長したものの、経営状況は好転せず、経費節減のために1964年には電車の運転をやめて気動車に変更しました。何だか、最近の名鉄の末端線区と似てますね。10年ほど使われた3両の電車は、瀬戸内海の対岸の走る高松琴平電鉄に売却され、750型として最近まで長年に渡って使用されました。

玉野市営電鉄が導入した気動車は、電化により余剰となっていた三岐鉄道から1両と、廃止になった熊本の熊延鉄道の中古気動車3両です。それぞれキハ101、キハ102〜104と名付けられました。中でも、熊延鉄道が戦後に新造した同型のキハ102と103がよく使われていました。キハ104は島原鉄道出身で、熊延鉄道が譲り受けたものです。

この頃の中古気動車の多くは、運転手がバスのようにギヤチェンジを行う機械式ですが、玉野市営電鉄ではトルコンを備えた液体式に改造しています。でも、写真で見ると正面にジャンパがないので、総括制御はできなかったようです。連結運転が必要なほど、お客さんがいなかったのでしょうね。

私が初めて四国に渡る途中に立ち寄ったときに、国鉄宇野駅のホームの片隅で待っていたのは、正面片側に車体の外部に荷台の付いたキハ102でした。線路は全線単線で、途中の玉野市役所前と藤井海岸間に古塩浜信号所があり、ここで交換していました。手前の玉野市役所前で下車し、すぐ先の信号所で交換する列車の写真を撮って、やってきた戦前型のキハ104に乗って宇野駅に戻っています。タブレットの受け渡しの関係でしょうか、写真で見ると右側通行で交換していたようです。

気動車化による合理化もむなしく経営状態は好転せず、水島までの延長はなされることなく、玉野市営電鉄は1972年に廃止になりました。

2001/09記

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