大社線

大社線の列車

大社線の想い出

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大社線大社駅

'90.3

大社駅1番線
キハ40
'90.3

大社駅の手動ポイント
切り替えレバー
'90.3

大社駅を発車する列車
キハ40
'90.3

       
       

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大社線は、山陰本線の出雲市から大社まで、途中に2駅、全長7.5kmの盲腸線でした。とはいえ、その立派な駅舎からうかがえるように、かつては出雲大社を目指して、夜行を含む大阪や京都からの長距離列車も発着する終着駅でした。

初めて大社線に乗ったのは1971年の夏休み、山陰地方の国鉄線や国鉄バスが乗り放題の山陰均一周遊券(もう廃止されましたが後の山陰ワイド周遊券)を使っての旅行中、松江から出雲大社、日御碕、美保関、境港、米子の順にまわっています。

観光地や神社仏閣の写真はあるのですが、大社線も境線も写真は1枚も残っていません。おそらく、全国どこへ行っても同じキハ10系や20系の気動車だったからでしょう。 もちろん鬼太郎のペイント車両なんて、まだありません。

2回目に大社線に乗ったのは、1972年の1月1日です。年末年始の休みを利用して大山までスキーに来ていたのですが、暖冬と好天で雪が溶けて滑走不能になってしまったため、やむなく米子まで下りてきて出雲大社に行くことにしました。乗り換えの出雲市駅で、初詣客で超満員の気動車列車に積み残されそうになった時、中間の車両の運転台のドアが鍵のかけ忘れでしょう、外から開けることができたので運転台に乗り込みました。ところが、大社駅に着くと今度はホームが反対側。あせった記憶がありますが、このときも写真はゼロ。

3度目の訪問は、大社線の廃止が迫った1990年の早春。立派な駅舎の長いホームに到着したのは1両の気動車にわずかな乗客。ホームには昔懐かしい手動の機械式ポイント切り替えレバーがあり、 駅員さんが操作して腕木式信号機がガチャンと下りると、タブレットを携えた1両のキハ40が出雲市に向けて発車していきました。

大社線が廃止されたのは1990年4月、駅舎は今でも大切に保存されているそうです。

2004/01記

 

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