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“オーストリア ウィーン交通博物館”

かつてはオーストリアや西ドイツの多くの街で、トラムの主力として活躍したデュワグカー。新しい低床車の導入により、中古車として移籍したポーランドをはじめとする旧共産圏の諸国以外ではすっかり見かけなくなりましたが、2015年秋の段階で、オーストリアの首都ウィーンでは新型の超低床車とともに、車体を国旗と同じ赤と白に塗り分けたデュワグの旧型連接車が、ボギー車を連結してまだまだ健在です。

ウイーン西駅前の旧型デュワグカー

そのトラムの歴史を伝えるウィーントラム博物館。改装のための休館後、2014年に名称も“ウィーン市交通局交通博物館”に改めてリニューアルオープン。今まで、開館日に合わず訪問できなかったので、3度目の正直で土曜の開館時間にスケジュールをあわせることに。

最寄り駅は、ウィーンの中心シュテファン寺院の建つシュテファンプラッツから地下鉄UバーンのU3系統で東へ6駅のschlachthausgasse。

博物館最寄りの地下鉄3号線シュラハットハウスガッセ駅

地上に出るとトラムの停留所があり、始発の電車が発車を待っています。女性の運転士に“トラムミュージアムはどこ?”と尋ねると、向こうと指差して教えてくれます。

ガラス張りの地下鉄出入り口と超低床トラム

その先の交差点で信号待ちをしていた男性に“トラムミュージアムはどこ?”と尋ねてもわからない様子でしたが、信号が変わって横断歩道を渡りはじめのにわざわざ戻ってきて、“Straßenbahn Museum?”と確認してくれます。“ヤー、シュトラッセバーンムゼウム”と答えると、“その先の交差点を曲がって・・・”と教えてくれます。オーストリア人も親切です。

ウイーン市交通局交通博物館

広い電車通りから分岐する線路の先に煉瓦の車庫があり、中には赤と白に塗り分けたトラムの姿が。10時のオープンに合わせて来たので、どうやらこの日の一番乗り。

入場券を買って中に入ると正面に“特別車”札を掲げ、花を飾った2軸電動車の4137号が2両の付随車を引き連れて待機中。木製の車内はボックスシート。壁面の白熱灯もいい感じ。以前にウイーンに来たとき、リンク通りを行く旧型車の編成を見かけているので、今日も特別運行があるのかもしれません。

旧型車4137号とその車内

車庫の外には、この他に丸みをおびたやや近代的な車体の2軸車6503号も、シングルアームのパンタグラフを上げて待機中。この2両、1時間余りの見学を終えて帰るときも、まだこの場に停車したままでした。

丸い2軸車6503号

もう1両、2軸の貨物電車6408号がいます。ホイールベースの長い下回りを旧型車から流用して車体を新造したのでしょう。荷台にはウィーンのトラム150周年を記念して、2015年9月27日にリンク通りで行われる車両の大パレードの宣伝が掲げられています。交通博物館の保存車両が大挙してパレードに参加すのでしょう。残念ながら帰国の翌日で、もうウィーンにはいません。

2軸の貨物電車6408号

それでは、交通博物館の展示棟に入りましょう。各車両の横にはドイツ語と英語で書いた、簡単な説明の看板が置かれています。

 

車庫を活用した博物館の展示棟

ウイーンのトラムは、1865年に馬車鉄道として開通しました。緑のオープンカー53号は二頭立ての馬車で、夏期に使用する車両として1868年に製造してから1882年まで使用。1902年に電車の付随車になり、1948年まで現役でした。その後もオープンカーとして1978年まで使用。

ホーストラム53号

1両だけ珍しい蒸気機関車がいます。1884年製で出力100馬力。路面を走るためか箱形の覆いを付けていて動輪が見えないものの、3軸のC型。南部の路線で旅客用に1922年まで使われ、その後は作業用の機関車として1959年まで現役だったとか。ボイラの後ろの運転席から前方の見通しはイマイチ。

スチームトラム11号

スチームトラムに連結した2軸の客車72号は1886年製。1920年から1947年まで、電車の付随車として使用されています。ボックスシートの車内の屋根は、曲線を描いたシングルルーフ。梁から吊革がぶら下がっています。何故かデッキにも吊革が。

2軸客車72号とその車内

その後ろに連結した2軸の有蓋車711号は1887年製。

2軸貨車711号

モニタールーフにオープンデッキ、側窓の大きな2軸車244号は、1900年製で出力42kW。1899年から1902年にかけて行われたトラムの電化に合わせて300両製造したD型の1両。電動車としては1924年まで、その後付随車になって1957年まで乗客を乗せた後、1971年まで冬季の凍結防止用の塩化ナトリウム散布車として活躍したそうです。

2軸の電動車244号と付随車1504号

244号が牽引しているシングルルーフにオープンデッキの付随車1504号は、1871年に馬車として製造。他の車両と同様に1902年に電車の付随車となり、1949年まで使用。

オープンデッキの2軸電動車777号は、1900年製のG型で出力76kW。外観は2段リンク式の貨車の台車のように見えますが、車輪を操舵できる2軸台車を採用することでホイールベースを長くとり、車体長をのばすことができる構造で、これ以後の520両で採用されました。特徴的な正面の出っ張ったガラス窓は、冬の寒さを避けるために1929年に改造で取り付けられたようです。車内はロングシート。1962年まで使用。

2軸の電動車777号とその車内
2軸の付随車5064号

後ろに連結している2軸の付随車5064号は、電化時に新造した1899年から1901年製のD型電動車の車体を流用して1924年に延長改造、馬車から改造して使っていた付随車を置き換えました。1961年まで乗客を乗せた後、1969年まで冬季の凍結防止用の塩化ナトリウム散布車として使用。

2軸の電動車314号は、電化時1899年から1901年に新造したD型電動車を1925年に改造したD1型で、出力は同じ42kW。使用期間は短くて1940年まで。当時新造中の大型車は重かったため、重量制限のある橋を通る系統に使用したのだとか。車内はロングシート。

電化時のD型を改造した2軸電動車314号

モニタールーフの2軸電動車2051号は、1907年製のG型を勾配のある線区で付随車を牽引して運用するため、1935年にモーターを91kWにパワーアップしてG2型としたものです。1966年まで使用。連結している付随車3787号は1913年製のk型を1960年に改造したk1型で、同じく1966年まで使用。

2軸の電動車2051号

付随車3487号とその車内

2軸の電動車2380号は、1912年製のK型で出力78kW。屋根はシングルルーフになり、側窓の上部に小さな換気窓を持つ最初の型式。1927年に、オープンデッキからドア付きに改造。1972年まで使用され、予備車として1979年まで残っていました。

2軸の電動車2380号

2軸の電動車2260号は、1940年製のH型で出力76kW。その高出力を活かして、付随車を2両牽引して3両編成で運用。第二次世界大戦中は、光がもれにくくなるようヘッドライトや室内灯にカバーをつけ、青い窓ガラスを採用していました。座席の下にヒーターを備えた暖房車で、制御用の抵抗器や電気ブレーキから出る熱を有効利用していたのだとか。1967年まで使用。

2軸の電動車2260号

 


 

 

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