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旅の車窓から

マレーシア ペナン・クアラルンプール


タイから夜行列車でマレーシアへ

2015年末に、タイの首都バンコクからマレーシアのペナン島を経てシンガポールまで1900km余り、タイ国鉄とマレー鉄道を乗り継いでマレー半島縦断の鉄道旅行に出かけました。タイ国鉄の夜行列車でマレーシアに入国後、バタワース駅で下車。フェリーでペナン島に渡って2泊したあと、再びバタワースから列車で首都クアラルンプールへ。列車を乗り継ぎマレー半島最南端、シンガポールに隣接するジョホールバルを目指します。

マレー鉄道のチケットは、公式ホームページから入手。指定する座席も選べます。クレジットカード決済のあとでpdfファイルで送られてくるe-ticketをプリントして持っていき、そのまま乗車。

マレーシアは14年ぶりの再訪です。2001年のマレーシアは、こちら

※ 6ページの末尾にそれぞれリンク先を設けました。詳しく知りたい方はご利用ください。


タイとの国境駅パダンベサールから終着駅バタワースへ

前日の午後にバンコクを出発したタイ国鉄の夜行寝台特急35列車は、翌朝1時間半遅れでタイ南部の主要駅ハジャイに到着。ここで大半の寝台車と座席車を切り離し、身軽になった編成で、タイとマレーシアの国境を越えてマレー鉄道のパダンベサール駅に到着します。

駅の表記からタイ文字が消え、低いホームのタイの駅と違って日本やイギリスのような車両のデッキに合わせた2面4線の高いホーム、最近改良工事が終わったようで、新しいバラストに電化されて架線が張られた綺麗な駅はタイ国鉄とは別世界です。

国境駅パダンベサールでタイから乗り入れのバタワース行き 側線にコンテナ貨車が並ぶ
車窓にマレー鉄道の客車列車 鉄道の敷地との境界にフェンスが整備

この駅で乗客は全員、荷物を持って一旦列車を降り、ホーム上の建屋内にあるイミグレでタイ出国、マレーシア入国手続です。バンコクから来た2両の寝台車は直通するものの、牽引する機関車はタイ国鉄のアルストーム機からマレー鉄道の日本製ディーゼル機関車に交代。マレー鉄道は電化して、高速電車や通勤電車が走るようになったものの、電気機関車は所有していないようです。

パダンベサールを発車すると、留置線で待機するマレー鉄道の旅客列車や貨物列車が車窓を横切ります。複線電化された線路を、列車は滑るように走ります。バンコクから乗ってきた同じタイ国鉄の寝台車でも、線路の状態がよいので乗り心地は格段に向上。線路に沿ってフェンスを設けて一般人の立ち入りを制限する等、線路が住民の通路になっているタイとは安全に対する考え方も大きく違うようです。

ハジャイから乗客が増えた車内 終着バタワースに到着
すぐに機関車を切り離して機回り

パダンベサールから先の途中停車駅は4駅ほど。いずれも新しく整備されたばかりの駅ですが、乗降客はわずか。2時間ほどで、左からクアラルンプール方面からの線路が寄り添ってきて、13時半過ぎに行き止まり式の終点バタワースに到着です。タイ国鉄からの遅れを改善して40分程の延着。

機関車はすぐに切り離され、機回りをして反対側の客車に連結。駅舎内の時刻表示を見ると、バンコクに向けて折り返しの発車時刻まであと20分ほど。

20分余りでバンコクに向けて発車予定 バンコク行きの編成が出来上がった
フェリーへの通路から見たバタワース駅 港に向けてバタワース駅から貨物線が延びる

なお、2016年のダイヤ改正からマレー鉄道の電化区間、西海岸線のパダンベサールからグマス間では、機関車が客車を牽引していた列車は全て電車に置き換えられました。これにともないマレー鉄道とタイ国鉄の相互乗り入れも廃止されたため、バンコクとバタワースを結んでいた35/36列車はパダンベサールが終着となり、KTMコミューターに乗り換えとなっています。


フェリーに乗ってペナン島ジョージタウンへ

バタワース駅から通路でつながったフェリー乗り場に向かうと、切符売り場に行列ができています。フェリーの運航は20分間隔で、乗客が乗り終えると出港。ペナン島がすぐ目の前に見えています。新市街には高層マンションが建ち並び、65階建ての高層ビルコムタがそびえ、何もないバタワースに比べペナンは国際空港もある大都会。

フェリー以外に、マレー半島との間にペナン大橋とペナン第2大橋の、海上を行く2本の橋が架かっていて、クアラルンプールやシンガポール等からの長距離バスは直接島内に乗り入れています。

バタワース港に停泊中のフェリー ゲートを閉めてフェリーが出航
両側にクルマ 中央に人が乗船 海峡を航行するフェリー 後方の高層ビルはペナン島のコムタ

海峡を通る船を避けながら20分ほどで横断し、フェリーが着くのは16世紀後半から始まるイギリス植民地時代の面影を残す、世界遺産に登録されたジョージタウン。イギリス入植当時の国王、ジョージ3世にちなんで名づけられたのだとか。フェリー乗り場に隣接するバスターミナルから、無料でジョージタウンを巡回するラピッドペナンのフリーシャトルに乗ってホテルに向かいます。

ジョージタウンにはシンガポールや同じく世界遺産のマラッカと同様に、1階が店舗や事務所で2階が住居になり数軒が繋がった伝統的な“ショップハウス”や“プラナカン建築”の邸宅が多く残っています。ちなみに、プラナカンとはヨーロッパ諸国の植民地だった東南アジアに移住してきた、中華系移民の末裔のことだとか。

ペナン島の高層住宅と停泊する漁船 ジョージタウンを巡回する無料バス フリーシャトル
ジョージタウンのショップハウス ホテルの入口に描かれた街角アート

マレーシアは多民族国家で、人口構成はマレー系が60%、中国系が30%、インド系が10%、その他が10%。でも、ペナン島では70%が中国系だそうで、街中では漢字をよく見かけます。

ジョージタウンでは、建物の壁面に描かれた絵や黒い針金で作った街角アートをよく見かけます。早速、ホテルの入口に通じる路地の壁にも自転車の男性が。

ホテルにチェックイン後、テラスのコーヒーでしばし休憩。フロントでもらった地図を片手に街中へ出たところで、いきなりのスコール。年末のペナンは乾期のはずなのに。傘が役に立たない猛烈な雨が通り過ぎるまで、地元民と一緒にプラナカン建築の軒先で雨宿り。

こちらは太い針金で作った街角アート ペナン島最大のカピタン・クリン・モスク
モスクのミナレット モスクの内部

雨上がりの道を、近くのカピタン・クリン・モスクへ。マレーシアの国教はイスラム教ですが信教の自由は保障されており、中国系は主に仏教、インド系はヒンドゥー教を信じ、キリスト教をはじめその他の宗教もあります。中国系の多いペナンでは、モスクは少数派。ここは18世紀初頭の創建で、19世紀のはじめにムガール様式のドーム屋根やミナレットが追加されたインド系モスク。靴を脱いで上がろうとしたら、ちょうどお祈りの時間だったのか異教徒は追い返されてしまいました。

それなら次は、中国系寺院へ。石の柱の彫刻が見事な道教寺院のヤップ・コンシー(叶公司)は、福建省からこの地に来て、商売で成功をおさめたヤップ一族のお寺です。今の中国語では会社のことを公司と表すようですが、もとは協会を意味するもので、ここで祖先を祀る廟だとか。

道教寺院のヤップ・コンシー
内部の祭壇 見事な柱の彫刻

向かいにある通りの狭い入口から入ると、広い土地に建つ道教のホック・テイク・チェン・シン(福コ正神)寺院。ここも、福建省出身の一族のお寺だそうで。

こんな狭い門をくぐると 福コ正神廟
屋根の飾り 廟の内部

ペナンイスラム博物館へ立ち寄ってみたものの、門が閉ざされていて閉鎖した? その並びのプラナカン建築にあるのが旧孫中山本拠地。辛亥革命で清朝を倒し中華民国を建国した孫文が、ペナンに潜伏していたことがあったとは知りませんでした。

灯台のような尖塔を持つ、もう一つのモスクはアチェ・ストリートモスク。その名の通り、19世紀のはじめにインドネシアのスマトラ島アチェから移り住んだアラブの商人によって建造されたスマトラ様式のモスク。

ペナンイスラム博物館 旧孫中山本拠地
アチェ・ストリートモスク 4輪自転車が街を行く

 


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