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陳氏書院

ホテルにチェックイン後、雨があがるのを待って市内観光に出かけます。まずは、地下鉄の駅名にもなっている陳家祠へ。ここは、19世紀の末、清の時代に広州に住む陳姓を名乗る人々がお金を出しあって建立した、一族の祠と書院。陳氏一族子弟の教育も行ったそうで、入口の門は陳氏書院となっています。

陳氏書院前の交差点のトロリーバス 右後方の建物が陳氏書院
陳氏書院の入り口 建物は中国南方建築様式

陳氏書院は、南方貴族の生活風景がしのばれる典型的な中国南方建築様式の建物が建ち並び、それぞれは廊下でむすばれています。中国南方建築では最も保存状態が良いそうで、屋根の装飾や扉の彫刻、家具や調度品が素晴らしいですね。

陳氏書院の賑やかな屋根を飾る彫刻
黒檀の家具でしょうか
刺繍や象牙細工も

陶器、玉器、刺繍、書画、宝石など広東省の伝統工芸も陳列されています。象牙細工がいかにも中国ですね。

象牙細工や絵画 中国ですね

 


光孝寺

陳氏書院から地下鉄で一駅先の光孝寺へ、再び降り出した雨の中、参道を歩いて向かいます。ここは唐の時代に始まる広州最古の仏教寺院で、日本への渡航の途中に海南島に漂着した鑑真が広州にたどり着いたとき、光孝寺で一時期を過ごしたこともあるのだとか。

広州の古刹 光孝寺の山門 熱心にお参りする人々
光孝寺の仏様 鐘楼

境内には線香の煙が流れ、雨にもかかわらず熱心にお参りする人々の姿があります。それにしても、日本と違って山門の仁王様の顔が、怖くないですね。

怖くない仁王様

 


六榕寺

続いて、近くの六榕寺へ。道がわかりにくく、近所の店でメモ用紙に六榕寺と書いて見せ、教えてもらいます。漢字は便利。この寺も歴史があり、6世紀の創建でもうすぐ1500年になるそうです。その名は、境内にあった6本の木、ガジュマルの中国語、榕樹に由来するのだとか。広州の植生は熱帯ですね。

境内の中央に建つ9層の千仏塔は高さ57m、外観が花弁が重なり合った花のようにみえることから花塔とも呼ばれています。宋の時代に建てられ、火災による再建は明の時代だとか。

新型のトロリーバス         9層の花塔
大雄宝殿 六榕寺の仏様

 

懐聖寺

近くのイスラム教徒の住む地域にモスクがあるというので、足を伸ばしてみます。周囲の店の看板には、中国語でイスラムを表す清真やアラビア文字、イスラム教の作法に従って処理された牛肉や鶏肉を示すハラル(HALAL)の文字も見られます。白い帽子の男性はいますが、スカーフの女性を見かけないのは中国のイスラムだから。

はじめは気付かずに通り過ぎ、戻りながら探してやっと見つけたイスラム寺院の懐聖寺。でも、入口で止められ境内には入れませんでした。仕方なく入口から写真を1枚だけ、瓦屋根の中門に中東やヨーロッパのモスクの雰囲気はありません。

     
周囲はイスラム圏 ハラルのお店       モスクらしくない懐聖寺

 

越秀公園

懐聖寺最寄りの地下鉄1号線と2号線の交差する公園前から2号線に乗って2駅、越秀公園で降りると西漢南越王墓博物館があります。中国を最初に統一した始皇帝の死により秦が滅亡すると、の将軍が広州に都を置いて西漢(日本の世界史では前漢と習います)南越王となります。その2代目王の墓が1983年に発見され、遺跡全体を覆うかたちで西漢南越王墓博物館となっています。

ここにはぜひ行ってみたいと思っていたのですが、チケット売り場に着いた時間が閉館の45分前、ちょうど入館を締め切ったばかりで、何とか入れないかねばってみたのですが、中国で融通がきくわけはありません。残念、イスラム寺院でウロウロしたのが大失敗。

地下鉄で移動 西漢南越王墓博物館
博物館の入場は終わっていた 広州博物館

広い通りの解放北路をはさんで、西漢南越王墓博物館の向かいの小高い丘に広がる越秀公園。その中にある広州博物館ももう終わっています。越秀公園一帯は、明の時代から景勝地として知られてきたところで、高台には中華民国建国の父、孫文中山記念碑が立ち、孫先生読書治事処の碑もああります。

         
中山紀念碑           孫先生読書治事処

 

中山紀念堂

越秀公園の山から南に下りると大きな建物が鎮座しています。中華民国時代の1931年に完成した中山紀念堂で、“天下為公”の額が掲げられ、正面には孫文の銅像が立っています。中国を旅していると、毛沢東の像を見かけるのはごく一部の都市ですが、孫文の像や中山紀念堂、中山公園は各地にあり、中国共産党の孫文に対する扱いがよく理解できません。

孫文の像と中山紀念堂 孫文の肖像

 


広州駅

中山紀年堂から広州駅が近いので、地下鉄2号線で見に行くことに。あとからできた、巨大な広州東駅と違って、こちらは昔ながらの駅の風情です。でも、駅舎の周囲にバリケードを作り、乗降客以外は駅舎に近づけないようにしていて、駅前広場には出稼ぎの集団でしょうか、大きな荷物が置いた周囲に人々が集まっています。

広州駅周辺は治安が悪いとのこと、入場券を買って列車見物など不可能なので、早々に退散です。

広州駅と駅前広場にあふれる人々

 


 

 

 

 

 

 

  

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