HOME 1/12page 2/12 3/12 4/12 5/12 6/12 7/12 8/12 9/12 10/12 11/12 12/12page

旅の車窓から

ポルトガル リスボン・ナザレ・トマール

リスボンの時刻と気温 クリックすると天気も ナザレの時刻と気温 クリックすると天気も ブラガの時刻と気温 クリックすると天気も
リスボン ナザレ トマール

3度目のポルトガルへ

2013年11月から、トルコ航空の成田−イスタンブール便が、毎日1便から2便に増便になりました。従来からの昼便に、夜便が加わり、翌朝イスタンブールで乗り継ぐと昼にはヨーロッパの各都市に到着できる便利なダイヤです。でも、いきなり座席数が2倍になるのですから、はじめは乗客を集めるためでしょう、成田からヨーロッパ各都市往復が25,000円だったでしょうか、破格の正規割引運賃が出ました。といっても、燃油サーチャージや空港使用料を加えると、支払総額は8万円を超える都市がほとんどですが。正規割引運賃の大盤振る舞いは年内で終わったのですが、旅行会社に卸す包括旅行運賃の大幅値引きは2014年1月末まで続けたようです。

2011年の秋に、ポルトガルでユーロ危機による緊縮財政反対のゼネストに当たってしまい、リスボン行きを諦めて前日にLCCでポルトからスペインのマドリードに脱出しています。もう一度、リスボンのトラムを求めて、エアーとホテルだけ、空港送迎もない格安のパックツアーを予約しました。

パックツアーは最短リスボン滞在3泊5日。でも、せっかくのトルコ航空なので、往路は乗り継ぎのイスタンブールでストップオーバーして、ネット予約でホテル2泊を追加。リスボンも延泊しようとしたのですが、ネットで見るとパックのホテルの評判がイマイチだったので、旅行会社と交渉してイスタンブールと同様に離団扱いとしてもらい、別途ネットでホテル2泊を予約。追加料金なしで好き勝手にやらせてくれた旅行会社は、旅工房です。

そんなわけで15年ぶりのリスボンに、日本を出た日を含めると4日目の午後にやっと到着です。

1999年のポルトガルは、こちら。2011年のポルトガル、ポルトとブラガは、こちら

※ 最終ページの末尾にそれぞれリンク先を設けました。詳しく知りたい方はご利用ください。


リスボン到着

リスボンの空港は市街地の北部にあります。南側から着陸態勢に入ったトルコ航空機は、キリスト像の足元に架かる4月25日橋に沿ってテージョ川を渡ります。ゆっくりと高度を下げながら赤茶色の屋根の続く市街地の上を越えるとき、アルファマの大聖堂やコメルシオ広場など、リスボンのランドマークが通り過ぎていきます。

テージョ川とキリスト像 左に4月25日橋 リスボン旧市街 中央上に大聖堂

15年ぶりに降り立ったポルテラ空港は、地下鉄が乗り入れて交通の便が良くなっています。切符売り場で24時間券を買って、地下鉄でホテルに向かいます。厚紙にICチップが入っていて、別にデポジットが0.5€。

この15年で地下鉄は2路線から4路線に、わずか2両だった編成も4〜6両に増え、その後のポルトガルの発展を肌で感じる一方で、ユーロ危機に見舞われ緊縮財政による賃下げ反対の時限ストが直前まで続いていました。

空港駅の地下鉄 ロータリーの中央にポンバル侯爵像

パックツアーの旅行社が用意したホテルは、新市街の中心を貫くリベルダーデ通りを北へ、エドゥアルド7世公園のところにある大きなロータリーのボンバル侯爵広場の近くで立地は良好。ロータリーの中心から、ポルトガルを代表する政治家、ボンバル侯爵がライオンを引き連れてリスボンの市街地を見下ろしています。


リスボンのケーブルカー

リベルダーデ通りのブランドショップで買い物を済ませ、一旦ホテルに置きに帰ったた後、地下鉄でリスボンの中心ロシオ広場へ。坂道の多いリスボンの市街地には3本の路面電車ではなく路面ケーブルカーの路線があり、うち2本はロシオ広場の近くに位置しています。

まずは西側、グロリア線の乗り場へ。狭い坂道の入口で、馬ヅラのケーブルカーが乗客を待っています。日本のケーブルカーは、傾斜にあわせた階段状の車体が一般的ですが、グロリア線ともう一つ、ラヴラ線のケーブルカーは平らな床に勾配にあわせて斜めになった台車を履いています。従って、入口は路面に近い坂の上側だけ。ドアはなく金属の格子戸を開けて待っています。

グロリア線のケーブルカー

日本のケーブルカーは車両には動力が無く、山上側に設置した巻き上げ機で動かしますが、道路上を走る路面ケーブルカーには巻き上げ機を設置する場所がないためか、一般の電車と同じく車両の台車内にモーターがあり、運転士がコントローラとエアブレーキを操作して動かす方式のようです。

車両が夜間も路上に置かれているからでしょうが、この落書きは何とかならないのでしょうか。15年前にはなかったのですが。

斜めになった台車と水平の車体 ケーブルカー後方の高台がサン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台

複線の線路が相手側に割り込むガントレット区間から登りはじめたケーブルカーは、中間で複線になって下りとすれ違い、そのまま数分で坂の上の終点に到着します。ガントレットとしてるのは、路面を走行するためケーブルが溝の中に敷設されていて、単線区間にしないのはレールとケーブルの交差を避けるためと見受けます。

すぐ横の高台が、市街地を見下ろすサン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台。向こうの山はサン・ジョルジェ城。すぐ下の大きな屋根は近郊電車のロシオ駅。早い冬の日没に間に合わなかった。

サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台から見たサン・ジョルジェ城 展望台の裏に残るトラムの線路と安全地帯

展望台の後ろの通りには、トラムの線路があります。でも、ここは15年前に来たときに既に廃線になっていました。未だに撤去せず、安全地帯はバス停として活用しているのもポルトガルらしいところ。

再びグロリア線で下におり、リベルダーデ通りを横切って東側、ラヴラ線のケーブルカーに向かいます。

ラヴラ線のケーブルカー

日が暮れて、ケーブルカーの木製の車内を裸電球が照らし、なかなかいい感じの車内です。展望台に登る観光客も乗っていたグロリア線と違って、住宅地の急な坂道を行くラヴラ線は閑散としています。ガントレット区間から登りはじめ、中間のすれ違い個所から上は複線になりますが、歩行者が走行中の車両を避けるスペースがやっとの狭い道。でも、こちらの線は上の駅に、相対式で屋根の付いた立派なホームがあります。

ケーブルカーを降りて少し先、傾斜地に建つ住宅の壁にポルトガルの青いタイル、アズレージョに日本語が書かれています。著書を通して日本を紹介したポルトガルの作家、モラエスの生家です。

ケーブルカーの運転台 傾斜地に建つモラエスの生家
モラエスの生家 日本語が書かれたタイル 路地から顔を出したラヴラ線のケーブルカー

 

サンタ・ジェスタのエレベータ

次の発車時間を待つより、坂道を歩いて下りた方が早いラヴラ線。白と黒の石が綺麗な波形に敷き詰められた、ロシオ広場の真ん中で見下ろしているのは、初代ブラジル国王ドン・ペドロ1世となったポルトガル国王ペドロ4世。広場に面したマリア2世国立劇場ともども、ライトアップに浮かび上がっています。

 
ペドロ4世像が見下ろすロシオ広場 マリア2世国立劇場

テージョ川に向かって広場を抜けた先に立つ高い塔は、サンタ・ジェスタのエレベータ。20世紀のはじめに、パリのエッフェル塔を設計したエッフェルの弟子の作品です。このエレベーターは、トラムやケーブルカーと同じ公共交通機関で、運賃が必要。木製の箱には運転士が乗車していて、入口にはICカード読み取り機も設置され、地下鉄やトラム、バス等と共通の24時間券も使えます。

サンタ・ジュスタのエレベータ エレベータの運転台 展望台側の乗車口

上の階で下車すると、そこは展望台。眼下にバイシャと呼ばれるリスボンの繁華街やロシオ広場、遠くにはライトアップされたサン・ジョルジェ城やリスボン大聖堂も望めます。展望台から背後の住宅地に向けて橋が架かっていて、バイシャ地区と高台を行き来する公共交通機関です。運行ダイヤが決まっているのか、上で待っていても帰りのエレベータがなかなか来ず、風があって寒い。

サンタ・ジュスタのエレベータから見たロシオ広場 サンタ・ジュスタのエレベータから見たバイシャ地区の夜景
ライトアップされたサン・ジョルジェ城 旧市街のリスボン大聖堂

 

旧市街のレストラン

エレベータを下りてバイシャ地区をテージョ川に向かうと、広いコメルシオ広場にでます。ここは、18世紀半ばのリスボン大地震で倒壊するまで宮殿があった場所で、中央に立つのは地震に遭遇し、その後の復興に尽力したドン・ジョゼ1世の騎馬像。

ライトアップされたコメルシオ広場 アルファマ地区のサン・ヴィンセンテ・デ・フォーラ教会

コメルシオ広場から小さなトラムに乗って、強固な地盤で地震に耐えたため今でも迷路のような旧市街が残る、アルファマ地区のレストランへ。車窓にサン・ヴィンセンテ・デ・フォーラ教会が見えたので、1停留所乗り過ごしたことに気付いて慌てて下車。

ポルトガル料理の店で、国民食のバカリャウ(干しダラ)とイワシの塩焼きを注文します。イワシだけは2人で5尾をたいらげましたが、量が多くて全部は食べきれません。

ポルトガルの国民食バカリャウ・ア・ブラス イワシの塩焼きは一皿に5尾も

 


高速バスでオビドスへ

ポルトガル2日目は、リスボンから北へ100km前後の距離にあるオビドス、アルコバサとナザレを訪ねることに。鉄道も近くを通ってはいるのですが、リスボンから直通列車はなく、オビドスまでローカル線を乗り継いで2時間半。一方、高速バスなら1時間で、1日で3個所を回ろうとすると鉄道は選択肢に入りません。アルコバサ方面のバスは本数が少ないので、事前にネットでよく調べて、回る順番を決めます。

     
カンポ・グランデバスターミナルから高速バスで出発       スーパーのレシートのようなチケット

リスボンには、大きなバスターミナルが3個所ありますが、オビドス経由カルダス・ダ・ライーニャ行きの高速バスはカンポ・グランデから発車します。幸い、毎週木曜の朝に定期的に続いていた地下鉄の時限ストが終わったようです。前日に空港で買った24時間券の有効期限がまだ残っているので、地下鉄でカンポグランデへ。

ずらりとバスが並ぶ駅前ターミナルで停留所ががわからず、近くの運転士に聞いたらオビドス行きは高架の地下鉄駅の反対側、全然別の場所でした。

地下鉄駅構内の売店で買ったナタ(エッグタルト) オビドスの城門

ホテルの朝食が7時半からと遅くて8時15分の高速バスに間に合わず、パスしてきたので、駅構内に店を出していたナタ(ポルトガルのエッグタルト)を買って乗車です。

バスは高速道路を快調に走り、1時間ほどでオビドスの村の入口に到着。単線で非電化のローカル線では、全く太刀打ちできませんね。


 

inserted by FC2 system