標津

標津線の列車

標津線の入場券

標津線の想い出

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猛吹雪の中 出動の
準備をするキ100とC11
標茶 '70.3

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根室標津駅の入場券 斜めにカットされて
いるのは10円の子供の入場券として買ったため

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標津線は知床半島の南の付け根に位置する根室標津から、中標津で二手に分かれて根室本線の厚床および釧網本線の標茶をむすぶローカル線でした。JR北海道に引き継がれたものの、1989年に名寄本線や羽幌線などと一緒に廃止されてしまいました。
現在でも、根室本線の厚床駅のホームには旧標津線分岐駅の表示があります。根室行きのキハ54の車窓から目をこらしていると、厚床駅を出てから左の方に分岐していく線路あとを見ることができます。

写真の1970年頃の旅客列車は、標茶−中標津−根室標津間と、厚床−中標津間に分けて運転されていました。前者は釧路−中標津間に急行知床が2往復ありましたが、後者は普通列車だけ、車両はいずれも北海道のローカル用気動車の標準型、キハ22です。

貨物列車はC11が牽引していました。大井川鉄道に生き残ったC11やJR北海道で復活した幸せなC11の中には、標津線で活躍していたものがいます。

沿線は、夏はのどかな牧草地です。香川県と同じ広さだったでしょうか、広大な別海村には社会科でも習ったパイロットファームがあり、いかにも道東といった風景でした。

この頃は寂れたローカル線ではなく、夏には野付半島のトドワラで有名な尾岱沼へ行く観光客も大勢乗車してにぎわっていました。厚床−中標津間にある西別からと、終点根室標津から阿寒バスが尾岱沼をむすんでいましたが、均一周遊券を持った乗客は西別から春別を経由して尾岱沼をむすぶ国鉄バスを利用しました。

厚床方面から来て往路に西別からバスに乗車し、復路に春別で列車に乗り換えたため、西別−春別間が未乗のままとなってしまいました。再び冬季に訪れたときは国鉄バスは運休のため、やむなく別料金で根室標津から阿寒バスで尾岱沼を往復しました。根室標津駅では海岸に出て、接岸した流氷に乗るという経験もできました。

冬もそれほど積雪の多い地域ではないと思いますが、写真の時は猛吹雪でした。キ100型ラッセル車の後ろにC11が付き、これから除雪に向かおうと準備を整えているところです。

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