山陰本線 和知− 福知山−上川口

山陰本線 和知−福知山−上川口の列車

山陰本線 和知−福知山−上川口の想い出

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キハ181系の
特急“あさしお”
和知 '88.8

キハ181系の
特急“あさしお”
和知 '88.8

京都発下関行き
普通829列車
福知山 '67.10

機関区に休む
D51
福知山 '68.10

       

キハ82系の
特急“まつかぜ”
福知山付近 '68.10

キハ82系の
特急“やくも”
福知山-上川口 '67.10

キハ82系の
特急“やくも”
福知山-上川口 '67.10

DF50の牽く
上り旅客列車
福知山-上川口 '67.10

       

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山陰本線京都口も、京都近郊区間の園部を過ぎると列車本数は大きく減少し、日中は1時間に特急とワンマン運行の普通電車が各1本となります。

ここに写真のある電化前の1988年当時は、急行“丹後”から格上げしたキハ181系の特急“あさしお”と、普通列車はDD51の牽く青い12系や赤い50系の客車、タラコ色のキハ40系気動車にキハ58系も混結されることもあり、現在よりはバラエティーに富んでいました。

それよりさらに20年前の1967年。夜の福知山駅で、DF50を先頭に発車を待っているのは、京都発下関行き、山陰本線を21時間近くかけて走り通す、普通829列車です。普通列車ながら、夜行区間の京都−鳥取間では通過する駅もあり、後に、出雲市行きに短縮されますが、寝台車を連結してマルスで発券するようになってから、普通列車ながら“山陰”の名前が付きます。

この列車は、大阪発大社行きの急行“おき”、後の急行“だいせん”が連結してきた、大阪で印刷した翌日の朝刊を積載した荷物車を福知山で併結し、深夜から未明にかけて沿線の各駅に降ろしていく使命も持っていました。

“あさしお”が登場するまでの、山陰本線の特急は大阪から福知山線経由のみ。京都発大阪、米子経由博多行き特急“まつかぜ”と、これを補完する新大阪発浜田行き特急“やくも”です。“まつかぜ”は10両、“やくも”はわずか7両と短めの編成ですが、1等車や食堂車を連結したキハ82系は山陰本線のクイーンでした。

2012/5記

 

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