竜華操車場・竜華機関区

竜華操車場 ・竜華機関区の車両

竜華操車場・竜華機関区の想い出

最初のページに戻る



写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

入れ換え作業の
8620型
'68.12 竜華操車場

荷物列車の
入れ換え中
'68.12 竜華操車場

入れ換え作業の
主力は9600型
'68.12 竜華操車場

貨車を押す
9600型
'68.12 竜華操車場

9600型と出発
線で待機のD51
'68.12 竜華操車場

       

連結した
D51とC58
'68.12 竜華機関区

待機する
2両のD51
'68.12 竜華機関区

オリジナルスタイルの
D51143号機
'68.12 竜華機関区

機関庫の中の
C50型
'68.12 竜華機関区

吹田第一機関区
所属のD52
'68.12 竜華機関区

       

入れ換え中の
D52とD51
'68.12 竜華機関区

集煙装置を
装備したD52142
'68.12 竜華機関区

D52142号機の
後ろ姿
'68.12 竜華機関区

ダブルルーフの
スハ33型の車内
'68.12 竜華客貨車区

関西本線の
荷物列車
'68.12 竜華操車場
       

このページのはじめに戻る

 




貨物輸送の方式が、コンテナを主体にした拠点から拠点への現在では想像がつかないでしょうが、主要な路線には全国の駅から送る出された貨車を行き先別に組み替えて貨物列車を編成する操車場がありました。関西本線の竜華操車場は、東海道本線の吹田操車場と結ぶ城東貨物線、阪和線杉本町を結ぶ阪和貨物線との接点にあり、毎日D51をはじめとする蒸気機関車に牽引された、多くの貨物列車が出入りして おり、空は蒸気機関車のはき出す煙で曇っていました。

操車場で入れ換え作業にあたるのは、大正生まれの老兵、9600型蒸気機関車や8620型蒸気機関車です。機関車がドラフト音を響かせながら連結器を解放した貨車を押し出します。ある程度スピードのついたところで機関車がブレーキをかけると、貨車は切り離されて自力で転がっていきます。貨車につかまった操車係が、必要に応じて足踏みのブレーキを使い、いくつものポイントを渡って待ち受ける貨車に連結され、行き先別に組み替えられて貨物列車が編成されます。

竜華操車場の一角に、操車場に出入りする機関車が休む竜華機関区がありました。天王寺からキハ35系の気動車で編成された普通列車で、最寄り駅の久宝寺に降りたのは1968年のことでした。今では快速も停車する駅ですが、当時は普通でさえ、大半の列車が通過してしまい、この駅に停車する気動車は1日にわずか数本のみの小さな無人駅だったと思います。

竜華機関区に出入りする機関車は、上記の8620型や9600型の他、D51やC58型蒸気機関車の他、DD13型ディーゼル機関車もいました。機関庫の中では、C50型蒸気機関車も休んでいました。 その中で、スターは日本最大の貨物用蒸気機関車D52です。

かつては、東海道本線や山陽本線で活躍したD52も、相次ぐ幹線の電化に追われ、この時は北海道以外では吹田第一機関区に所属するD5228とD52142の2両を残すだけになっていました。D52142の方だけ集煙装置を装備しており、D51とともに吹田から城東貨物線の貨物列車を牽引して竜華機関区に出入りしていましたが、この写真を撮影してから程なく、仲間の待つ函館本線に最後の職場を求め、五稜郭機関区に転出していきました。

機関区のすぐ隣には竜華客貨車区があり、当時でも既に珍しくなったダブルルーフの旧型客車がとまっていました。車内の写真を1枚だけ残していますが、スハ33型だったと思います。

物流の変化、国鉄貨物の合理化の中で竜華操車場は廃止となり、かつての操車場跡は大阪竜華都市拠点として再開発中だそうです。かつては、大半の普通列車にまで無視されていた操車場の中の久宝寺駅は、城東貨物線を旅客線に転用して新大阪と結ぶ大阪外環状線の分岐駅として、また大きく飛躍しようとしています。

2006/03記

このページのはじめに戻る

 


最初のページに戻る

inserted by FC2 system