プロフィール


 名 前:モボ101
        (1975年まで集電装置がトロリーポールだった嵐電です)

 現住所:東京都

 年 齢:現役の蒸気機関車が撮影できた世代です

 職 業:サラリーマン

 鉄道とのかかわり

 鉄道との出会い

幼少の頃、祖父に連れられて近江鉄道の電車を見に行った時から、鉄道ファンになったようです。おそらく、チョコレート色と黄色に塗り分けられた木造車(そうです、3世代前の西武鉄道と同じです)だったと思います。貴生川側がモハ、米原側がクハのMTの2両編成が大半ですが、何故か米原側にパンタグラフを持つMTが逆の編成があった記憶が残っています。これが更新されて、モハ131、132になったのかもしれません。今でも、大手私鉄より田舎電車の方が好きです。

 路面電車

小学校の一時期、名古屋にいました。瑞穂通を通る市電を見て、路面電車が好きになりました。1160番台の車両が、台車の外側についたドラムブレーキをくるくる回しながら走るのを飽きずに眺めていました。このころ、名古屋市電のほとんどの型式は、頭の中に入っていました。瑞穂通の系統を受け持つ高辻と大久手には1800番台以降の“無音電車”はなく、広小路通りの2000型があこがれでした。

 蒸気機関車

国鉄の近代化が推し進められ、各地から蒸気機関車が姿を消していくと、SLブームが始まりました。鉄道にカメラを向け始めたのはこのころからです。でも、鉄道に乗ることが好きだったので本格的な鉄道写真は少なく、ホームでのスナップがほとんどです。このころ使ったカメラは、ヤシカ(今の京セラです)のハーフサイズと、ミノルタの名機SRT101です。

 SLブームのあと

1976年に蒸気機関車が終焉を迎えると、鉄道に関する関心が急速に衰えていきました。今から思えば東北本線のEF57や山手貨物線のEF10やEF12など、記録に残しておけば良かったと思うものばかりです。この間も路面電車好きは変わらず、わずかに、去りゆく京都市電や広島・長崎に登場した軽快電車をスナップしていました。

 青春18切符

1980年代半ばになって、青春18切符が発売されるようになると、用もないのに各地の国鉄(後のJR)線に乗りに行くようになり、駅周辺でスナップ写真を撮るようになりました。このころまでに、学生時代の旅行と仕事の出張を合わせると、全国47都道府県全てに足跡を印すことができました。もとより、国鉄全線乗りつぶしなどできるなどとは思ってもいませんので、最初からチャレンジはしていません。

 海外へ

1986年に初めてハワイへ行き、海外旅行のおもしろさを実感しました。翌、1987年に台湾の阿里山森林鉄路に乗ってからやみつきとなり、以後はもっぱら海外の列車に乗りに行っています。その分、国内はおろそかになり、最近は出張も遠距離は飛行機と車の組み合わせが多くなったため、多くのメジャーな特急に乗 る機会がありません。“トワイライトや”や“カシオペア”にも乗ることはないでしょう。海外でも、路面電車や地元の列車に興味があり、TGVやICE、ユーロスター 、CRHよりローカル列車の方が好きです。今まで、一番印象に残った列車の旅は、DLの牽引するタイのローカル線の3等客車列車です。


inserted by FC2 system