岡山臨港鉄道

岡山臨港鉄道の車両

岡山臨港鉄道の車内乗車券

岡山臨港鉄道の想い出

最初のページに戻る



写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

ディーゼルカー
3番線ホーム
'82.9
大元

連結面にも
運転台が
'82.9
大元
ディーゼルカー
の車内
'82.9
大元
腕木式
信号機
'82.9 岡南元町

このページのはじめに戻る


無人駅の岡南元町から大元行き120円の車内乗車券

このページのはじめに戻る




岡山臨港鉄道は、宇野線で岡山の次の駅大元と岡山港をむすぶ私鉄でした。戦後、1951年に貨物の引き込み線を利用して開業したもので、貨物輸送が主力で、国鉄DD13タイプのディーゼル機関車が国鉄から直通する貨車を牽引して、沿線の工場へ原料を運び、製品を搬出していました。

旅客輸送は貨物の片手間ながら、大元から途中の岡南元町まで行われ、時代とともに様々な中古の気動車が使われました。

私が岡山臨港鉄道を訪ねたのは、廃止まで2年ほどになった1982年のことでした。当時、旅客輸送の最後の主力車となっていた気動車は正面2枚窓の湘南型、側面はバス窓の7000型7001号と7002号でした。1955年に北海道の夕張鉄道が新潟鐵工所で製造したキハ252と253です。岡山では、正面に桃太郎のヘッドマークを付けていました。

国鉄の気動車がキハ17系であったころ、夕張鉄道では石炭輸送で潤っていたから野幌と夕張をむすぶ線に、車内に転換クロスシートを装備した優秀車が投入できたのでしょう。でも、台車は一世代前の菱枠型のTR29で、乗り心地は今ひとつだったのではないでしょうか。かつては中間に客車改造のキサハをはさんで3連で使用されたものが、夕張鉄道時代に連結面にも運転台が新設されているのは、乗客数が急激に減少していったことを示しているのでしょう。

夕張鉄道廃止後は水島臨海鉄道に転じキハ303、304となりました。国鉄キハ20系譲渡車の増備でそこも追われ、岡山臨港鉄道に安住の地を見出したのもつかの間、1984年の国鉄の貨物輸送の大幅な削減の影響を受け、鉄道の廃止と運命をともにしました。

宇野線の宇野方面行きホームの反対側から発車した気動車は、各駅に止まりながら終点の岡南元町に到着します。ここで折り返すのかと思っていると、その先に続いている貨物線の線路の先へ行ってしまいました。機関区はこの先にあったようです。

キハ7000型の他に、江若鉄道から転入した半流線型のキハ5001に再会したかったのですが、そのままになってしまいました。

このページのはじめに戻る


最初のページに戻る

inserted by FC2 system