大畑線

大畑線の列車

大畑線の想い出

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大畑線の終点大畑駅に
 停車するキハ22とキハユニ26?
'83.9

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下北半島の陸奥湾側、大湊線の下北から分かれて北上し、本州最北端の駅大畑に至る路線が大畑線でした。戦前に東北本線の野辺地から半島の先端の大間を目指す国鉄大間線として建設工事が進み、1930年頃に大畑まで開通したものの、戦争の激化によりその先が開通することはなかったとか。

国鉄末期には、大間線も他の全国のローカル線とともに廃止対象路線に選定されました。多くの路線がバスに転換し、一部は自治体が中心になって受け皿の第三セクターを設立する中、大畑線は1985年に地元のバス会社である下北交通に引き取られました。それから16年、ローカル線の経営環境は厳しさを増し、2001年3月に廃線になりました。

現在でも、大間−函館間には本州と北海道をむすぶフェリーが運航されているので、大間線が全通していれば青函連絡船のバイパスルートとして、別の道が開けていたかもしれません。

初めて大畑線に乗ったのは1970年のことです。東北均一周遊券を使っての旅行の途中に恐山に行くため、大畑行きに乗って田名部でバスに乗り換えています。残念ながらこの時は写真を残していません。

2度目は1983年に東北ワイド周遊券での旅行の途中、大畑まで行き、ホームで1枚写真を撮っただけでそのまま引き返しています。国鉄時代は、大畑線の列車は下北から大湊まで直通運転をしていました。

寒さの厳しい本州最北端の大畑線で使用される気動車は、小さな2重窓にデッキ付きのキハ22が主力となっていました。その中の数両がワンマン化等の改造を受けて下北交通に引き継がれ、廃線後も保存されているそうです。

大畑駅の写真には、キハ22と連結した片運転台で2段窓の車両が写っています。ここにキハ25がいたとは考えにくいので、おそらく郵便荷物合増車のキハユニ26ではないかと想像します。この頃はまだ、国鉄のローカル線にも郵便荷物輸送が残っていたのでしょう。先頭で1枚撮っておけば良かった。残念。

 

2003/03記

 

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