伯備線 布原−備中神代

伯備線 布原−備中神代の列車

伯備線 布原−備中神代の想い出

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下り列車の逆向き
後部補機のC58
布原信号所 '68.2

信号所を発車する
ディーゼルカー
布原信号所 '68.2

下り列車 バックで
単機回送のC58
布原信号所 '68.10

バックで貨物列車
牽引のD51
布原信号所 '68.10

上りの気動車
キハ23の到着
布原信号所 '68.2

     

C58の牽く
下り旅客列車
布原-備中神代 '68.10

C58の牽く
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.2

C58の牽く
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.10

長い編成の
下り普通気動車
布原-備中神代 '68.10

C58後部補機付きの
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.2

         

キハ55,キロ25の
上り急行
布原-備中神代 '68.2

バックで貨物列車
牽引のD51
布原-備中神代 '68.2

バックで貨物列車
牽引のD51
布原-備中神代 '68.10

C58の牽く
下り旅客列車
布原-備中神代 '68.10

C58の牽く
下り旅客列車
布原-備中神代 '68.2

         

C58の牽く
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.10

D51後部補機2両の
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.10

D51後部補機2両の
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.10

C58後部補機付きの
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.10

C58後部補機付きの
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.10

   

C58後部補機付きの
下り貨物列車
布原-備中神代 '68.10

キハ55,キロ28の
下り急行
布原-備中神代 '68.10

蒸機牽引の
旅客列車
布原-備中神代 '70.2

バックで貨物列車
牽引のD51
布原-備中神代 '70.2

バックで貨物列車
牽引のD51
布原-備中神代 '70.2

   

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1960年代後半から70年代の初めにかけて、D51三重連でその名を馳せた伯備線布原信号場。上り貨物列車のD51三重連が1000分の25の急勾配を驀進する姿が見られるのは、信号所から苦ヶ坂トンネルまでのわずか数百mの区間だけですが、備中神代 方面に向かう下り列車も、西川の刻んだ阿哲峡の美しい風景の中を鉄橋やトンネルで克服しながら登っていきます。

布原信号所を訪れたのは1968年の冬と秋、それに70年の冬の3回です。最初の訪問時は、米子からの始発列車で布原に着き、雪の残る信号所の前後で撮影しています。その後の2回は、前日に備中神代駅に着いて、駅前の古びた旅館に宿泊しました。

フイルムのコマから見ると、68年の秋は備中神代駅から布原に停車する列車に乗り、信号所で降ろしてもらっているようです。信号所周辺で撮影の後、山の中腹を通る備中神代駅前から新見に通じる道まで登って、上から阿哲峡を見下ろす俯瞰撮影をしています。

70年の時は、備中神代から阿哲峡を行く蒸気機関車を撮りながら歩いて布原に向かい、この道路から信号所を発車して苦ヶ坂トンネルに向かう三重連を撮った後、信号所に降りて周辺で撮影しているようです。

伯備線と芸備線の両方が通るため列車密度は高く、急行列車や一部の普通列車は気動車化されていたとはいえ、ディーゼル機関車はまだ入線せず、客車列車はD51やC58の単機牽引でしたが、貨物列車は三重連以外にも重連や後部補機付きも多くありました。

下り列車の中には、バックでの牽引や後ろ向きの後部補機、さらには後ろ向きの後部補機が2両付く重量貨物もあり、布原は平坦線では味わえない、勾配に挑む蒸気機関車の迫力を肌で感じることができる場所でした。

また、この頃はまだ、信号所を訪れるファインの数も少なく、その魅力を独り占めできる幸せな時代でした。

2011/08記

 

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