能登線

能登線の列車

能登の想い出

最初のページに戻る


 

国鉄能登線宇出津駅に進入する金沢行き
急行能登路号 キハ55系3連 '70.11

このページのはじめに戻る




今では金沢と高速バスが結び、羽田から能登空港への直行便が飛ぶ能登半島ですが、初めて能登半島を旅行した1970はずいぶん遠いところと感じました。

金沢駅から七尾線の急行に乗って輪島まで2時間半。1泊した翌日は、定期観光バスで海岸線に沿って半島の先端の狼煙から蛸島、九十九湾を経て能登線の宇出津へ、外浦から内浦まで定期観光バスでぐるっと半周しています。この頃は、能登半島の先端に近い部分は国鉄バスが奥能登線を運行しており、定期観光も国鉄バスに乗車、能登飯田と金沢の間には一般道を走る夜行バスも運行されていたようです。

上の写真は、宇出津駅から金沢に戻る時に乗車したのが急行能登路号です。キハ55系3連の立派な編成ですが、能登線内は各駅停車で、穴水で輪島からの編成と併結後、急行能登路号として金沢に向かったかもしれません。

七尾線内は、5往復の“能登路”に加えて、大阪まで直通のディーゼル急行“ゆのくに”もあり、活況を呈していました。七尾線の貨物列車には、まだC56が活躍していたはずですが、この時は観光が主体で、列車の写真はこれ1枚しか残っていません。

国鉄からJR西日本に引き継がれた能登線は、1988年に第三セクターのと鉄道に転換します。国鉄時代の末期とのと鉄道転換後に一度ずつ、能登小木を訪れていますが、まだ能登空港ができる前だったので、金沢から鉄道で往復しました。残念ながら、この時の写真は残していません。

のと鉄道能登線は2005年に廃止になり、小木から先、蛸島までは未乗のまま残りました。この区間は国鉄バスに乗って通っていますが、のと鉄道能登線より一足先に、国鉄バスは能登半島から撤退したようです。

 

このページのはじめに戻る


最初のページに戻る

inserted by FC2 system