西日本鉄道

西鉄の車両

西鉄の想い出

最初のページに戻る



写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

天神尾ターミナル
福岡駅
'83.7 西鉄福岡

福岡行き特急
2000型

'87.11
二日市

軽快なスタイルの
戦前型
'87.11 甘木

   

甘木線の
200型3連
'87.11 甘木

もと大牟田線の
300型
'87.11 貝塚

大牟田線から
転入の311型
'87.11 和白

   

西鉄600型
後方は筑豊電鉄
'90.11
黒崎車庫前

600型
冷房改造車
'90.11 砂津付近

小倉を走る
600型
'90.11 砂津付近

   

このページのはじめに戻る

 


 

西鉄といえば、思い浮かべるのはライオンズ。日本シリーズ0勝3敗から、エース稲尾が 巨人の四番長嶋を押さえ込み、4連投で4連勝して逆転の日本一になったのは、1958年のことだったそうですが、初めて西鉄の電車に乗ったのはそれから四半世紀後の1983年のこと、ライオンズはすでに所沢に移って西武になっていました。

福岡市内線の路面電車の全廃が1979年ですから、4年を経過していますが、天神のターミナル、福岡駅はまだ古いドーム屋根の薄暗い駅で、 西鉄大牟田線の特急電車はクリーム色にオレンジ帯の2000型でした。でも、駅の案内板を見ると、この頃は今に比べて特急や急行の停車駅が少なく、特急としての風格を備えていたようにも思えます。

その後、新型特急車8000型が登場後も、3扉化されたとはいえ、2000型は今でも転換クロスシートのままで活躍しているそうで、嬉しく思います。

宮の陣から分岐する甘木線を訪ねたのは1987年のことです。国鉄のキハ07型を小さくしたような、軽快な流線型の小型車200型の3両編成が甘木線の専用車として活躍し、本線の花畑まで乗り入れていました。今では大型車2連のワンマンカーになって、大牟田まで直通しているようですが、200型の当時はもちろん車掌さんが乗務していました。

この時は、宮地岳線も訪れています。福岡市内線の路面電車廃止後孤立していた路線が、前年には始発の貝塚まで福岡市営地下鉄が延びて、接続するようになりました。クリーム色にオレンジ色の帯を締めた電車は、当時の小牟田線の特急車2000型と同じ塗色ですが、こちらは300番台のナンバーを付けた大牟田線の中古車。終戦直後の電車とは思えないほど改造され、正面が1枚窓になった電車もいます。

まだ大手私鉄のワンマン電車は珍しく、運転手さんが停車駅ごとに立ち上がってドアの開閉をするのは大変だなと思いながら見ていました。

西鉄は福岡市内線とともに、北九州市内にも路面電車の路線網を持っていました。並行して走る鹿児島本線の車窓に、高速で走る600型や、かつては日本の路面電車でここだけの存在だった3車体連接車などの活気あふれる姿を何度も目にしながら、途中下車をすることもなく時が過ぎていきました。

初めて西鉄北九州線の路面電車に乗ったのは、1990年の秋のことです。すでに、門司方面や戸畑方面は1985年に廃止されており、車庫のある小倉駅近くの砂津から、鹿児島本線と並行して折尾駅までの1本の路線だけになっていました。

最後に主力として活躍していた600型は、路面電車としては高速運転が可能で、黒崎から西の専用軌道区間では、その性能を遺憾なく発揮していました。冷房改造車が白に赤と青の帯、非冷房車はマルーンにクリーム色の帯で、遠くからも見分けがつきました。

西鉄北九州線の、砂津−黒崎駅前間の廃止が1992年、筑豊電鉄が乗り入れる黒崎駅前−熊西間を除き、2000年には残りの折尾までの区間も廃止となりました。

2005/04記

このページのはじめに戻る

 


最初のページに戻る

inserted by FC2 system