長野工場

長野工場の車両

長野工場の想い出

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清里駅に保存されたC56149はこちら



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C56149
車体吊り上げ準備
'71.2 長野工場

C56149
車抜き
'71.2 長野工場

C56149
車体吊り上げ移動
'71.2 長野工場

C56149
車体吊り下げ固定
'71.2 長野工場

   

C56149
過熱管取り出し作業
'71.2 長野工場

ブレーキシューの
鋳造工程
'71.2 長野工場

保存された長野工
場製造のD51486
'71.2 長野工場

側線に留置中の
DE50 1
'71.2 長野工場

   

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国鉄には、北の苗穂から南の鹿児島まで、全国各地に工場がありました。JR化された今でも、その多くは組織を統合して、車両所や車両センターととして現在に至っています。

現在ではPRの一環として、車両センターの一般公開が定期的に行われていますが、ここに写真のある1970年頃は、機関区の場合は直接訪問すれば「気をつけてね」の一言で簡単に見学や 構内での撮影が認められたものの、工場の場合は事前に鉄道管理局を通じてお願いして見学許可をもらったと記憶しています。

信越本線長野駅に隣接していた長野工場では、長野鉄道管理局管内の配属車両を中心に、機関車やディーゼルカーの整備が行われていました。この日は、中込機関区に所属して小海線で活躍する蒸気機関車C56149が入場していました。ロッドを外してクレ−ンで車体を吊り上げ車輪を分離 する車抜きの作業に続いて、煙室扉から煙管の取り出し作業が行われていました。

その周りには、EF62型電気機関車やキハ58型ディーゼルカーなど、信州で活躍する国鉄車両が入場して、整備を受けていました。

長野工場には鋳物工場があり、ここで製造している鋳鉄製のブレーキシューは、全国の国鉄車両で使用されているとのことでした。

国鉄工場の技術レベルは高く、第二次世界大戦前には蒸気機関車の製造も行っています。D51486は1940年の長野工場製で、長い間地元の信越本線で活躍し、 信越本線の電化により1969年に廃車となり、長野工場に保存されてそのまま現在のJR東日本長野車両センターに引き継がれています。写真は引退から2年目の姿ですが、 今では現役時代の29年に対し、引退から41年が経過しています。

長野工場の側線には、DE50型ディーゼル機関車が留置されていました。当時の標準型、出力1000〜1100PSのディーゼルエンジンを2機搭載するDD51型ディーゼル機関車の後継機として、2000PSのディーゼルエンジンを1機装備した機関車で、電化前の中央西線で貨物列車の牽引にあたっていました。 その後もDD51の製造が続いたため、DE50は量産化されることなく、1両だけで終わっています。

長野工場で修繕工事を受けていたC56149は、小海線の無煙化により1973年に廃車となり、現在は小海線の清里駅に保存されています。清里駅のC59149はこちらをご覧ください

2010/10記

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