水島臨海鉄道

水島臨海鉄道の列車

水島臨海鉄道の想い出

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キハ35型はもと
国鉄のキハ10
'82.9 水島

無線のアンテナを
立てたキハ357
'82.9 水島

キハ35型の車内は
国鉄のキハ10のまま
'82.9 水島

     

水島臨海オリジナル
のDD501
'82.9 水島

水島臨海オリジナル
DD505の貨物列車
'82.9 水島

地方鉄道らしい
地平時代の水島駅
'82.9 水島

     

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水島臨海鉄道は、山陽本線と水島臨海工業地帯の工場を結ぶ路線です。倉敷駅に隣接する倉敷市駅から三菱自工前までの間は、気動車による旅客輸送も行っています。

倉敷市のホームページでその歴史を見ると、1941年に大日本帝国海軍の命により三菱重工業が水島航空機製作所の建設に着工し、これにあわせて水島鉄道が開通したとされています。旅客営業の開始は敗戦後の1948年、1951年には倉敷市が買収して市営となりました。

倉敷市交通局といっても路面電車ではなく、ディーゼル機関車の牽く貨物列車と、国鉄払い下げの機械式気動車による旅客列車の運転されるローカル線で、市は1970年に水島臨海鉄道を設立して譲渡しています。今でも倉敷市とJR貨物が大株主で、社長は市長が兼任しています。

1980年代になると、旅客列車は機械式の気動車を廃車とし、北海道の夕張鉄道の廃線で引き取った湘南型の気動車は岡山臨港鉄道に譲渡して、国鉄から払い下げを受けた初期の液体式気動車キハ10改め水島臨海鉄道キハ35型に統一されていました。

車内は、ビニールからモケット張りになったものの、背ずりが低く通路側にも肘掛けのない粗末なシートは、国鉄時代のままでした。

キハ10の寿命は意外に短く、1990年代には国鉄払い下げのキハ20に交代していきました。最近では、新潟鉄工所(新潟トランシス)の軽快気動車タイプの新車が主力となり、残ったキハ20が国鉄色に戻って自社線のみならず、イベント列車でJR線も走行して人気を集めています。

2004/10記

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