松浦線

松浦線の列車

松浦線の想い出

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C11が牽く
普通列車
'71.2
調川

8620が牽く
普通列車
'71.2
調川
8620が牽く
普通列車
'71.2 平戸口
     

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今では、乗り換え時間も含めた所要時間が3時間ほどの門司港から長崎・佐世保へ、かつては寝台車も連結した夜行の普通列車が走っていました。

特急“ドリームツバメ”や“ドリームにちりん”の前身である鹿児島本線の急行“かいもん5号”や日豊本線の西鹿児島行き夜行普通列車、鹿児島本線・肥薩線経由の都城行き夜行普通列車とならんで、長崎・佐世保行き夜行普通列車は九州均一周遊券(後のワイド周遊券)を使った貧乏旅行には、宿代を浮かすことができる強い見方でした。

後に“ながさき”という列車名がつく寝台車も連結したこの普通列車は、門司港を22時39分、博多を0時52分に発車して肥前山口から佐世保線を早岐へ、ここで佐世保行きと長崎行きに分割、佐世保着は4時43分、大村線で経由で長崎に6時37分に到着するのんびりとした旅でした。

1971年の2月に、平戸島に向かうために門司港から佐世保行きに乗りました。佐世保では、松浦線の上り平戸口(現在のたびら平戸口)行き始発列車に接続しています。ディーゼルカーは快調に走り6時半ごろには平戸口に到着しました。

当時はまだ平戸大橋が架かっておらず、フェリーが本土と平戸島をつないでいました。すでにフェリーの運航は始まっている時間ですが、冬の九州の夜明けは遅く、まだ暗い状態です。

隣のホームに平戸口始発の有田行きが、先頭にC11型蒸気機関車がついて発車を待っていました。当時は気動車が不足しており、松浦線の半分程度の列車は、蒸気機関車の牽く客車列車でした。

この列車で松浦の次の調川まで行き、その次の今福で交換してくる下り列車で平戸口まで戻って時間をつぶすことにしました。

午前7時を過ぎてようやく明るくなってきた調川で、霜が降りた線路に降りて写したC11は完全な露出不足。下り列車は門鉄デフの8620型が牽いてきましたが、これも露出不足。ポジフィルムの保存状態も悪く退色に変色が加わり、見苦しいものをご覧いただくことになってしまいました。

国鉄最西端の駅、平戸口を発車する8620型の牽く列車の写真を見ると、ポイントが路面電車やローカル私鉄にはあっても国鉄では珍しいスプリングポイントになっています。この当時から合理化は進んでいたのですね。

その後30年余り、平戸を訪れる機会がありません。でも、国鉄末期に廃止対象路線となった松浦線が、今でも第三セクターの松浦鉄道として運行しているのは嬉しいことです。

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