松本電鉄

松本電鉄の車両

松本電鉄の想い出

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国鉄のホームから
みた松本電鉄
'71.11
松本

モハ10型の
2両編成
'86.8
松本

モハ10型の
2両編成
'86.8 松本

松本電鉄バス
北村車体
'86.8 松本市内

松本電鉄
ボンネットバス
'71.11 美鈴胡

       

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松本電鉄に初めて出会ったのは、1971年に長野から名古屋に向かうキハ181系の特急“しなの”の車窓です。国鉄松本駅のホームの一番奥に、2両編成の電車が停まっていました。ホームそのものは国鉄の持ち物でしょうか、そのホームの側面には、“運賃値上げ反対 安全輸送確保”のスローガンが殴り書きされており、その後に続く長い国鉄闘争真っ最中を告げているようでもありました。

1960年代半ば以降の松本電鉄の電車は、木造車等の台車や機器を流用して、日本車輌が車体を新造して全国各地の中小私鉄に供給した、日車標準型車体を採用していました。近代的な車体に、大正時代のイコライザー式の古めかしい台車ののアンバランスさも魅力の一つでした。

側面は2扉でバス窓、正面は貫通式と非貫通タイプがありますが、松本電鉄は貫通タイプを採用し、両運転台ですがいつも2両編成、貫通扉を持っているにもかかわらず貫通幌がないため、乗客の通り抜けはできないという、いかにも地方私鉄という編成でした。

1980年代末頃の夏休み、高山から乗鞍を経て上高地で1泊し、東京に戻る際に、松本電鉄に乗ろうと、当時は上高地から松本駅に直通するバスもあったのに、わざわざ新島々止まりのバスを選びました。

ところが、これが裏目に出て、途中の道路の渋滞によりバスの到着が遅れ、新島々駅に着いたときはすでに電車が出た後。夏休みの日曜日の夕刻に、松本から新宿まで、次の“あずさ”へ指定券の変更は無理と思い、やむなく新島々から松本まで、同じバスに乗り合わせた家族とタクシー代をシェアしました。

それから20年が経過し、松本電鉄の電車は、日車標準車体から東急アオガエルを経て井の頭線の3000型に世代交代をしましたが、松本電鉄に乗る機会は巡ってきません。

松本電鉄は、上高地へ行く道路が狭く、トンネルの断面も小さかったこともあり、遅くまで小回りのきくボンネットバスを数多く運行していました。リヤエンジンの車を導入してからも、車体長の短い車両が主体でした。

松本から美鈴湖まで乗車したボンネットバスと、松本市内を走るバス窓の北村車体をご覧いただきます。グループの諏訪バス等も含め、Hiland Expressになる前は、こんな塗色でした。

2009/12 記

 

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