京都駅

京都駅に出入りした列車

京都駅の記念入場券

京都駅の想い出

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写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

先代京都駅舎と
市電
'78.9
急行“いこま”
153系
'68.9
急行“玄海”
471系
'70.3

特急“臨時雷鳥”
キハ82
'67.9

修学旅行“わかくさ”
167系
'67.9

   
貨物列車
EF60
'70.3
快速電車
113系
'70.3
貨物列車
EF66
'70.3
急行“立山”
471系
'70.10
貨物列車
EH10
'70.3
  
DD13が入れ換え中
 キハ82とキロ28
 '68.7
回送される
キハユ二
'70.3
郵便電車
クモユ141
'70.3
急行“橋立ビーチ”
C57152
'68.7
急行“橋立ビーチ”
C57152
'68.7
   
入れ換え中の
C5710
'68.7
園部行普通列車
C57重連
'68.2
山陰線で待機中
DF50
'70.3
山陰線で待機中
DD51
'85.3
山陰線ホームの
50系と留置線の
オハ35  '85.3
         

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1970年に大阪千里丘陵で開催された東洋初の万国博覧会の終了後、これにあわせて増強した輸送力を維持するために国鉄が大々的な観光キャンペーンに打って出たのが“ディスカバー・ジャパン(美しい日本と私)”です。そのコマーシャルソングとして、山口百恵の歌った“いい日旅立ち”も今に残るヒット曲となっています。

入場券の上の写真は会津線のC11がひく旅客列車とおもわれます。京都駅から列車で会津を訪れてくださいという意味を込めて入場券に採用したのでしょうか。




京都の中心、烏丸通りから南を見ると、黒い壁のように立ちはだかる京都駅。京都駅の建て替えには賛否両論があったものの、今ではすっかり京都の新名所の一つとして定着したように思えます。

京都駅は、東海道新幹線・東海道本線の主要駅の一つであるとともに、山陰本線・奈良線と近鉄京都線の始発駅でもあります。駅ビルへの建て替えや山陰本線、奈良線の電化、関空特急はるかの乗り入れなどで、ここ10年ほどで駅ビル側を中心に線路の配線も変わりました。ここでは、1960年代後半を中心に、そんな変化が起きる前の京都駅に出入りしていた列車をご覧いただきます。

東海道本線の上り線、駅舎側の1番線と2番線の間には、2本の通過線がありました。今では、もとの1番線の部分までホームが進出し、かつての通過線の1本が1番線になっていますが、マンモス電機EH10やEF60に牽引された東海道を上る長い編成の貨物列車が、通過線を駆け抜けていきました。

当時の長距離輸送の主役は急行列車でした。153系や471系の急行電車や167系の修学旅行電車は、ヘッドマークを誇らしげに掲げて、京都駅に出入りしていました。つばめ、かもめ、雷鳥など、鳥の名前を付けた特急もいましたが、いずれも1日に1往復だけ、特別な存在の急行列車でした。そんな中で、“臨時雷鳥”という名前の増発列車は、481系電車が足りないため、全線架線の下をキハ82系で運転されていました。

東海道本線を下る客車列車の最後尾に、キハ二16だったでしょうか、回送される湘南型の気動車がぶら下がっていたり、入れ換え用ディーゼル機関車DD13がキハ82とキロ28を牽引していたり、 当時は冷房完備のピカピカの新車だった郵便電車クモユ141など、時には珍しい車両に出会うこともありました。

一番大きく変わったのが、駅舎側の1番線の西にある山陰本線のホームです。当時は1本のホームの両側が山陰1番線と山陰2番線として使われており、機関車を付け換えるための機まわり線が設けられていました。現在の増設ホームのあるところは留置線で、いつも旧型客車の編成が置かれていて、その先頭にDF50やDD54、後にはDD51の姿を見かけました。

園部までの通勤列車を中心に、梅小路機関区のC57が牽引する列車も設定され、日曜日の朝の上りと夕方の下りには、休日運休となる列車の機関車を回送するため、C57が重連となって牽引する旅客列車もありました。

夏の海水浴シーズンには、海のきれいな日本海へ向けて、大阪から京都経由で天橋立へ、臨時急行“はしだてビーチ”が運転されました。乗客に冷房サービスを提供するため、早朝に下関から大阪に帰ってきた急行“音戸”の編成 の寝台車をそのまま座席車として使い、大阪からEF58が牽引して、今では新快速の発着する京都駅の2番線に到着します。この編成の後部に福知山機関区から迎えに来たC57が連結され、ブルーのオハネ12等できれいに揃った編成の蒸機列車が発車していきました。後に、オハ12系が量産されると客車はこれに代わり、牽引機もDD54となったそうです。

最後に、1985年の山陰ホーム脇の留置線の写真をお目にかけます。今は、関空特急“はるか”と嵯峨野山陰線が発着する3本のホームが並んでいる場所です。オハ50系も使われはじめていますが、牽引機がC57からDD51に換わっただけで、1本だけのホームも、旧型客車もそのままです。

2001/6記
2010/5改

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