紀州鉄道

紀州鉄道の車両

紀州鉄道の想い出

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キハ603
御坊
'86.2

キハ603の運転席
御坊
'86.2

キハ1003
紀伊御坊
'86.2

キハ1003
紀伊御坊
'86.2

       

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紀勢本線が駅が御坊の市街地から離れたところに設けられため、汽車の駅と街を結ぶ目的で御坊臨港鉄道が開通したのが1929年だそうです。以来80年近く、同じ和歌山県内の有田鉄道や野上電鉄をはじめ、各地の中小零細私鉄が次々となくなっていく中で、御坊では今でも小さな鉄道が元気にがんばっているのは嬉しいことです。

規制緩和で路線バスまでが廃止される時代に、この鉄道が今まで生き残ってこられたのは、1965年に御坊臨港鉄道から紀州鉄道に看板を掛け替えたことによります。紀州鉄道のホームページを開くと、ホテルや会員制リゾートの片隅に小さく鉄道事業が掲載されています。

不動産会社が、お堅い鉄道会社のイメージで社会的信用力のアップをめざして、御坊臨港鉄道を買収して紀州鉄道と改称したことは、当時話題になりました。以来40年余り、全線3kmに満たない小さな鉄道の本社は東京にあります。

私が初めて紀州鉄道を訪れたのは、1986年の冬のことです。もう廃止になりましたが、東京の有明埠頭と高知を結ぶフェリー、サンフラワーが那智勝浦港に立ち寄っていました。東京と紀伊勝浦を結んでいた寝台特急“紀伊”は、その2年前に廃止されており、夜に東京を出港して翌朝那智勝浦に入港するフェリーは便利な存在でした。

御坊の駅で待っていたのは、キハ603です。1975年に廃止された大分交通の耶馬渓線の生き残りで、1969年の江若鉄道の廃止により転入していた、もと国鉄キハ41000型のキハ16のあとを継いで、紀州鉄道の主力となっていました。運転台を見ると、右手にアクセル、左手にブレーキの構成で、液体式のためクラッチやシフトレバーはありません。

紀州鉄道の中心となる駅、紀伊御坊にはキハ603と同型のキハ604が休んでいました。この2両は、正面は2枚窓ですが、車体やクロスシートの車内設備は概ね国鉄のキハ10系と見受けました。

紀伊御坊にはもう一両、張り上げ屋根の小さな気動車がいました。常磐炭砿の出身で、1984年の岡山臨港鉄道の廃止により転入してきたキハ1003で、ナンバーはそのまま引き継いでいます。国鉄キハ40000を近代化したようなスタイルで中央に運転台があり、見通しをよくするためでしょう、後に正面4枚窓の真ん中の2枚の間の桟を取り去って3枚窓に改造されましたが、終始予備車で、紀州鉄道ではほとんど活躍することなく廃車となったようです。

現在では、北条鉄道から2軸のレールバスが転入して主力となり、キハ603も正面窓の改造や前照灯の増設により表情に変化はあるものの、すでに大分交通より紀州鉄道での生活の方が長くなっています。部品の確保の問題が心配されますが、末永い活躍を期待するものです。

2006/10記

 

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