京福電鉄福井支社

京福電鉄福井支社の車両

京福電鉄福井支社の想い出

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北陸型の
ホデハ11型
'69.7
勝山

電動貨車

'69.7
勝山
ホデハ1001型
ホデハ251型ほか
'69.7 三国港
   
もと南海の
モハ3000型
'85.8
福井
叡電をルーツに持つ
 モハ241型
'85.8 西別院
車体は阪神
ジェットカー
 '85.8 田原町
   

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京福電鉄は、今では京都の四条大宮と嵐山、途中から別れて北野白梅町をむすぶ路面電車タイプの嵐電のみですが、かつてはその前身である関西電力に統合された電力会社の一つ、京都電灯が経営していた京都の叡山、鞍馬線に加え、福井市周辺にも広く路線を延ばしていました。

京福電鉄福井支社では、2000年と2001年に越前線で2度にわたる正面衝突事故を起こして運行を停止し、その後全路線を一旦廃止して、永平寺線を除き2003年に県と沿線市町村が出資する第三セクターのえちぜん鉄道として再発足しています。

京福電鉄福井支社の電車に初めて乗ったのは、1969年の夏休みのことです。国鉄越美南線(現在の長良川鉄道)の美濃白鳥駅と京福大野駅をむすぶ国鉄バス(後にJR東海バスとなり既に廃止)がありました。

美濃白鳥からバスに乗って油阪峠を越え、当時の国鉄越美北線の終点勝原駅で一旦下車して列車に乗り換えて大野へ、市内を歩いて京福大野から京福電鉄越前線で福井まで乗り通しています。

その後、越前線の勝山−京福大野間は、1974年に廃止されており、京福大野の写真を残しておけば良かったと悔やんでもあとの祭り。

当時の京福電鉄越前線の主力車両は、京都電灯越前電鉄から引き継いだホデハ211型や221型、三国芦原電鉄から引き継いだホデハ11型です。 いずれも一段下降窓にお椀型ベンチレーター、ステップ付きの3扉車で、同型車が福井鉄道や北陸鉄道にも見られた日本車輌の北陸型です。

戸袋の丸窓が残った車両や、埋めたあとがある車両もあり、上田温泉電軌(現在の上田電鉄)で保存されている丸窓電車の親戚です。勝山で交換した京福大野行きの列車を車窓から撮っていますが、ホデハ12です。当時の塗色は、京都の嵐電や叡電と同じ緑とベージュの塗り分けです。

勝山には、“ボウ”あるいは“Yゲル”と呼ばれる集電装置が目立つ電動貨車もいました。類似の車両で、テキ6はえちぜん鉄道に引き継がれ現存しています。

東尋坊の帰りに三国港から福井まで乗車したホデハ241型は、同型のホデハ251型とともに、地方鉄道向けの日車標準車体の車両です。正面は国鉄の80系湘南型を真似た塗り分けで、転換クロスシートを装備した、当時の京福電鉄の最新型看板電車です。

両運転台ですが片側貫通式で、背中合わせに連結すると均整のとれた2両編成になります。足回りは旧型車からの流用で、ホデハ241型は京都の叡電デナ11型、ホデハ251型は火災で焼失したホデハ11型等をもとにしています。

三国港で隣に並ぶホデハ1001型は、戦後の運輸省規格型で、名鉄の3800型の両運転台タイプ、ホデハ271型は小田急が開業時に用意した1型です。

再び京福電鉄福井支社を訪れたのは、それから16年後です。電車の塗色が京都バス/京福バス色に、主力車は南海や阪神の中古車に置き換わり、京福オリジナル車は ホデハあらためモハ241型と251型だけになっていました。

 

2008/6 記

 

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