関東鉄道

関東鉄道の車両

関東鉄道の想い出

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竜ヶ崎
キハ521号
'87.8

竜ヶ崎
キハ522号
'87.8

竜ヶ崎
キハ531号
'87.8

竜ヶ崎
キハ532号
'87.8

 

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東京では、関東鉄道といえばJRバスとともに東京駅と筑波センターや鹿島神宮駅をむすぶ高速バスの会社というイメージですが、鉄道線である常総線の水海道以南や、竜ヶ崎線は東京への通勤路線として、京成グループの観光バス色をしたディーゼルカーの新車も投入され、活況を呈しています。

竜ヶ崎線は、常磐線の佐貫と竜ヶ崎をむすぶわずか4.5kmの路線で、途中駅も1個所のみです。鹿島参宮鉄道の時代から、1965年の常総筑波鉄道との合併による関東鉄道成立後も、旧型の機械式の気動車で運行されていましたが、滋賀県の浜大津と近江今津を結んでいた江若鉄道が国鉄湖西線の建設のために廃止されたとき、液体式の気動車4両(うち1両は中間車キサハ)を譲り受け車両の近代化をはかりました。

国鉄払い下げの機械式気動車キハ07の2両を江若鉄道が片運転台化、トルコン化して中間にエンジンをはずして客車化した自社生え抜きのもと気動車をはさんだ3両固定編成のキハ5121+ハ10+キハ5122と、自社オリジナルの気動車をトルコン化、貫通化したキハ5123です。

関東鉄道では3両固定編成を中間車をはずしてキハ521+キハ522の編成としてラッシュ時に、1両はキハ531として閑散時に単行で使用していました。これらは鉄道線では初のワンマン運行だそうです。

その後車体の老巧化により、1976年に大栄車両で新造車体にのせ替えていますが、台車は1950年代以前の標準型である菱枠型のままで番号もそのまま引き継がれています。

江若鉄道の面影を求めて、1987年の夏休みに青春18切符で佐貫駅に降り立ちました。隣の竜ヶ崎線のホームで出迎えてくれたのはキハ532号でした。国鉄のキハ20系の廃車部品を流用してキハ531と類似の車体を新造した車両で、台車はDT22をはいています。

終点の竜ヶ崎駅に隣接して車庫があり、江若鉄道の歴史を引き継ぐ気動車が休んでいました。キハ521とキハ522は片運転台で2両固定編成です。竜ヶ崎線のホームがすべて片側(竜ヶ崎に向かって右側)のため、運転台をホーム側に設置したのでしょう。キハ521とキハ522で向きが違っています。台車はキハ07当時のTR29をはいています。

キハ531も(その後に新造されたキハ532も)ホームに合わせて両端で運転台の配置が異なっています。床下を見ると、江若鉄道オリジナル車の台車は、同じ菱枠型でも国鉄のキハ04〜06のTR26によく似たタイプだったのですが、現車はTR29になり、エンジンも昭和50年代のプレートがついています。手持ちの部品に振り替えられたのでしょう。

残念ながら、江若鉄道の面影を見出すことはできずに再びキハ532に乗り、次の訪問地である鹿島鉄道に向かいました。

最近では竜ヶ崎線にも新車が導入され、当時の車両で現存しているのはキハ532のみとなり、江若鉄道の車両は完全に過去のものとなったようです。

2003/4記

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