鹿児島本線

鹿児島本線の列車

鹿児島本線の入場券

鹿児島本線の想い出

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写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

485系の特急“みどり”
と香椎線のキハ31
'89.2 博多

寝台電車改造の
715系近郊電車
'89.2 南福岡
ボンネットの485系
を先頭にしたかもめ
'83.7 博多
     
登場したばかりの
オランダ村特急
89.2 博多
ゆふいんの森IIと
なったキハ183 1000
'92.8 鳥栖
当時はどこにでも
いた赤い50系客車
'89.2 久留米
     
国鉄時代の
485系の特急“有明”
'85.10 西鹿児島
“はやぶさ”のヘッド
マークを付けたED76
'85.10 西鹿児島
入れ換え用のテンダ
をつけた8620型
'65.10 西鹿児島

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西鹿児島駅の入場券
料金が10円の時は赤線が入っていた

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門司港から博多・熊本経由で鹿児島に至る鹿児島本線は、九州一の幹線でしたが、2004年3月の九州新幹線の部分開通で八代−川内間が切り離されて第三セクターの肥薩おれんじ鉄道となり、JR九州のドル箱の博多を中心とした北九州地区と、優等列車がなくなり純然たるローカル線の鹿児島県内と、全く異なった路線となっています。

初めて鹿児島本線で乗った列車は、西鹿児島を夕刻に発車し、大阪に翌日の昼に着く急行“しろやま”です。寝台車も連結していたと思いますが、長時間ならび自由席に一晩の座席を確保しました。乗車前に記念に買った入場券が残っていました。赤線入り料金10円の硬券です。発行の日付から、乗車したのは1965年10月31日であることがわかります。

東海道新幹線開業の翌年ですが、やっと山陽本線の全線電化が完成したばかりで、鹿児島本線の電化は熊本までではなかったかと思います。急行“しろやま”の熊本までの牽引機にC60かC61型蒸気機関車を期待したのですが、さすがは急行列車、当時新車だったDD51型ディーゼル機関車が先頭についてがっかり。西鹿児島駅で写真におさめたのは、ホームでならんで待っているときに横で入れ換え作業にあたっていた、C56タイプのテンダをつけた8620型蒸気機関車1枚だけだったようです。

2度目に鹿児島を訪れたのが10年後の1975年、3度目はさらに10年後の1985年です。80年代になると東京−九州の移動は飛行機が常識となっており、鹿児島空港に降り立ちました。でも、帰りには時間に余裕があったため、西鹿児島から博多まで夜行の急行“かいもん”の自由席に乗っています。

夜行の座席車を利用したのはこれが最後ですが、混雑して立っている人までいた60年代の旧型客車の“しろやま”に比べ、空席の目立つ80年代の12系客車のボックス席1つを独占して熟睡できた“かいもん”に20年の時間の差を感じましたが、さらに20年近くが経過すると新幹線が開業して、夜行列車とともに想い出の西鹿児島の駅名まで消えてしまいました。

北九州地区の鹿児島本線は、福岡空港が便利なため出張で時々利用しています。帰りの飛行機を最終便にして、かつてはばら売りをしていた青春18切符や、福岡近郊区間相互発着の乗車券による一筆書きの大回りをしたときのスナップから、数枚をご覧いただきます。

2004/05記

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