飯山線

飯山線の列車

飯山線の想い出

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キハ58系急行
“飯山銀嶺”の回送
'71.2 

飯山線上り
222列車
'71.2 蓮

旧型客車の先頭
に立つ8620
'71.2 蓮

牽引機は長野
運転所の18688
'71.2 蓮

キハ40とキハ58の
飯山線普通列車
'86.2 越後川口

       

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飯山線は、千曲川に沿って上越線の越後川口と信越本線の豊野をむすぶ路線です。はじめて飯山線を訪れたのは、1971年の冬のことです。名古屋からDD51の牽引する中央本線の夜行急行“きそ8号”に乗り、未明の長野駅で飯山線の下り始発列車に乗り換えます。

飯山線といえば豪雪地帯で、冬季には、ラッセル車でかき分けた雪の壁ができると、キマロキと呼ばれる、機関車+マックレー車(かき寄せ式除雪車)+ロータリー式除雪車+機関車で編成された除雪列車が出動することと、同じ信州の小海線とともに、高原のポニーの愛称で親しまれたC56型蒸気機関車で有名でした。

このころすでに、大半の旅客列車は気動車化され、C56は貨物列車と除雪列車が主な任務でした。朝のラッシュ時だけは、気動車の両数が不足していたのでしょう、飯山から長野まで、上り列車だけ蒸気機関車の牽引する旅客列車、222列車が運転されていました。下りは回送扱いです。

飯山線の下り始発列車は、飯山で222列車と交換します。飯山の一つ手前の蓮駅で下車して、線路づたいに長野方向に少し戻った千曲川沿いの線路脇で222列車を待ちます。すると、時刻表に載っていないキハ58系の2連がやってきました。前夜に名古屋を一足先に出発した夜行のディーゼル急行“きそ7号”に長野まで併結された、臨時急行“飯山銀嶺”が終着の戸狩から回送で長野に戻るところのようです。

蓮駅を発車する汽笛が聞こえ、しばらくすると山の向こうに煙が見え、切り通しの間から煙をたなびかせた222列車が現れました。C56では荷が重すぎるのでしょうか、8620型蒸気機関車18688号機が、通勤客を満載した5両の客車を牽引して通過していきます。

次の長野方面の列車は1時間半後です。撮影後は千曲川を渡り、長野電鉄の駅まで歩いて、電車に乗って長野に向かいました。この、長野電鉄木島線は2002年に廃止されており、ネット上の地図では場所が確認できませんが、飯山線の蓮駅からそれほど遠くはなかったように記憶しています。

飯山線全線を乗り通したのはそれから15年後、国鉄末期の1986年の夏休みです。青春18切符を使って上越線の越後川口に降り立つと、キハ40とキハ58の2連が出迎えてくれました。当然、キハ58に乗車しますが、2両とも冷房はなし。全開した窓から千曲川の車窓を楽しみながらの飯山線の旅です。

途中、十日町では、国鉄北越北線を引き継いだ北越急行が、飯山線との接続部分の工事中でした。ほくほく線の開業後は、何回か北陸出張で利用したときに、“はくたか”の車窓に飯山線の細い線路を見るだけにとどまっています。

2009/3記

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