阪神電鉄

阪神電鉄の車両

阪神電鉄の記念乗車券

阪神電鉄の想い出

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梅田からの特急
3500型
須磨浦公園 '68.4

特急須磨浦公園行
3500型
山陽電鉄線内 '68.4

高速神戸に到着
7800型
高速神戸 '68.4

北大阪線天六行
1型
野田 '68.4

国道線上甲子園行
200型
野田 '68.4

         

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神戸高速鉄道開通記念乗車券 乗車券部分は使用済み
阪急線と神戸高速線の阪急乗り入れ部分は無視されている

 

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阪急ホールデュイングスが阪神電鉄株を取得し、2006年10月に阪急阪神ホールディングとして経営統合が行われました。ハゲタカファンドによる買収から逃れるためとはいえ、その1年前の段階で、阪神電鉄が阪急に吸収合併されることを予測できた方はいなかったのではないでしょうか。

1968年4月7日の神戸高速鉄道開通による、阪神電車と山陽電車の直通記念乗車券には、湊川−新開地間を神戸高速鉄道に乗り入れる神戸電鉄は描かれているものの、ライバルの阪急については三宮−高速神戸間の阪急電鉄のみが乗り入れる神戸高速鉄道線も含めて完全に無視されています。

乗り入れの初日に阪神梅田駅でこの記念乗車券を購入して阪神電車に乗車したため、乗車券部分は切り取られて残っていません。

当時の阪神電車は、山陽電鉄乗り入れに伴う600Vから1500Vへの昇圧により車両が入れ替わり、普通には青とクリーム色の5000型ジェットカーが、特急・急行系統には赤胴車と呼ばれた赤とクリーム色の3060、3300、3500、3600、7800型が運用されていました。山陽電鉄乗り入れ車は特急だったので、赤胴車に限定されていました。

現在の阪神電鉄の営業距離は、阪神線と西大阪線を合わせて45kmですが、この頃はその2倍近い78kmありました。阪神線と並行して野田を起点に東神戸まで、国道2号線上を走る路面電車の国道線と、天神橋筋六丁目を結ぶ北大阪線が運行されていたからです。梅田を発車した阪急電車が中津付近にさしかかると、併走するベージュと小豆色の北大阪線の姿が今でも目に浮かびます。

国道線の電車の特徴として、ステップが外付けでした。野田駅の国道線のホームには、低いながらもプラットホームがありますが、外付けのステップだから対応できたのでしょう。71型や91型、201型は、戦前の車両としては側面の窓が大きくて天井近くまであり、金魚鉢の愛称がついていました。

また、集電装置に“ボウ”を使用していたのも特徴の一つです。南海の阪堺線や平野線の電車が装備していたボウが、トロリーポールの先端のホイールをスライダーシューに交換した構造で、車体の前後に1機ずつ搭載していたのに対し、阪神国道線のそれは、今ならシングルアームのビューゲルといえる近代的な装置で、他の会社では見られないものでした。

そんな国道線も、自動車の渋滞に巻き込まれて定時運行が困難となり、1975年に廃止を迎えます。1968年に野田駅で写真を撮ったあと、東神戸まで乗るため切符を買おうとしたとき、窓口のおばさんから“そんなもんなんぼ時間かかるかわからへんわ。やめとき。”と言われ、阪神線で行くことにしました。忠告に素直に従ったため、ついに乗車する機会を逃してしまったことが、今となっては悔やまれます。

2007/02記

 

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