花輪線

花輪線の列車

花輪線の想い出

最初のページに戻る



写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

客車のヒュッテ
と気動車急行
'69.8 
竜ヶ森

後部補機を付けた
貨物列車
'69.8 竜ヶ森
本務機は
88620号機
'69.8 
竜ヶ森
1000分の
33を登る
'69.8 竜ヶ森
逆向き後部補機が
トンネルに消える
'69.8 竜ヶ森
 
旅客列車の主力
はキハ52
'69.8 竜ヶ森
ハチロク重連
の貨物列車
'69.8 竜ヶ森
前補機は
58676号機
'69.8 
竜ヶ森
岩手山を背に
急勾配を登る
'69.8 竜ヶ森
急行列車の
タブレット交換
'83.9 十和田南
       

このページのはじめに戻る



東北本線の好摩と奥羽本線の大館をむすぶ花輪線は、奥羽山脈を横断するため急勾配がある路線です。ローカル線のため線路の規格が低く、重量のある大型の機関車が入線できないため、蒸気機関車の時代には大正生まれの8620型が重連、時には3重連で列車を牽引していました。

急勾配の頂点にあった駅が“竜ヶ森”です。今では、大規模なスキーリゾート開発とタイアップして、“安比高原”という駅名に変わっていますが、わざわざ列車でここのスキー場に訪れる人がどれだけいるのでしょうか。蒸気機関車の当時から、近くにはスキー場があったようで、竜ヶ森駅にはダブルルーフの客車オハ31の廃車体を利用したヒュッテがあって、スキーヤーに宿を提供していました。一時期流行ったSLホテルのさきがけ的存在です。

ここに写真のある1969年は、前年の10月に東北本線の盛岡−青森間の電化が完成して、御堂−沼宮内−奥中山間に繰り広げられたC60、C61、D51などの大型蒸気機関車の重連、3重連による運転が見られなくなり、花輪線のハチロクの重連や3重連が注目を集めました。

好摩側の岩手松尾(現在は松尾八幡平)駅と大更側の赤坂田駅の両側から、竜ヶ森駅に向かって1000分の33という急勾配が控えていました。8620型蒸気機関車では、わずか10両程度の貨物列車でも1両では無理でした。下り列車には岩手松尾から、上り列車には機関区のある荒屋新町から補機がつきました。貨物が多くなって長い列車では本務機1両に補機が2両がつき、3重連となる列車もありました。

岩手松尾にターンテーブルがなかったためか、補機は全て下りの大更向きで、下り列車には本務機の前について重連となり、上り列車は逆向きで後部から押し上げていました。

この写真の1969年には、旅客列車の大半はキハ52を中心とする気動車で、キハ58系の急行列車も2往復運転されていました。東北新幹線はまだ開業していないので、弘前から上野に直通する急行“みちのく”と、秋田から山田線釜石線経由の仙台行き急行“陸中”を併結した1本と、秋田−仙台間の急行“はちまんたい”です。

8620型の牽く旅客列車も、朝夕に1往復ずつが竜ヶ森の峠を越えていました。

2001/11記

このページのはじめに戻る


最初のページに戻る

inserted by FC2 system