福塩線

福塩線の列車

福塩線の想い出

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旧型国電
クハ55
福山  '76.5

旧型国電の
4連
福山  '76.5

   

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初めて福山駅に降り立ったのが、“ひかりライン”として山陽新幹線が岡山から博多まで全通した翌年、1976年のことでした。駅の裏に福山城があるため、スペースが確保できなかったのでしょう。在来線の上に覆い被さるように新幹線のホームがあり、福山城側のわずかに開けたホームに福塩線の電車が発着する姿は、今と変わりません。

このころの福塩線は、クモハ51やクハ55、クハ68など、大都市から流れてきた戦前派の旧型国電が余生を送っていました。その塗色は、近代化改造を受けた旧型客車が身にまとった紺色で、福塩線オリジナルではなかったでしょうか。

旧型国電置き換えのために、かつての横須賀線70系の最後に増備された全金属車体の300番台が転入したのもつかの間、1M方式の105系の新造車に置き換えられて27年が過ぎようとしています。

福塩線沿線唯一の市である府中市にある工場に出張で訪れるようになったのは、1980年代になってからのことです。電車はすでに105系に置き換わっていましたが、国鉄時代はまだワンマン化はされていなかったと思います。

いつもは福山で新幹線から福塩線に乗り換え、府中を往復するだけですが、1990年頃だったでしょうか、一度だけ時間に余裕があったため、青春18切符を使って終点まで往復したことがあります。

福山から府中までは、私鉄買収線区のため、駅間距離が短く、都市近郊電車の雰囲気で、通勤通学客も含め一定の乗客があります。府中で電化区間が終わり、その先の閑散線区を走るキハ23単行の三次行きワンマンカーに乗り換えると、沿線の風景ががらりと変わり山里に分け入っていくきます。

芸備線との接続駅、塩町で下車しましたが、芸備線の列車が行ってしまうと、周囲に何もないところで帰りの府中行きを待つのでした。

2008/03記

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