帝都高速度交通営団

営団地下鉄の車両

営団地下鉄の乗車券

営団地下鉄の想い出

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帝都高速度交通営団
 銀座線
'73.8
渋谷

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券売機の乗車券

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2004年4月から、営団地下鉄が民営化されて東京メトロになりました。法律の名称とはいえ、帝都高速度交通営団という、いかにもその成立した時代を表す名称を60年以上にわたって引きずってきましたが、東京地下鉄株式会社となり、これにあわせて Subway の S マークから Metro の M マークへ変更になりました。

そういえば、S マークやロンドンのアンダーグラウンドの U マークが例外で、別にフランス語圏だけではなく、世界の地下鉄の大半は M マークですね。英語の Subway に地下鉄という意味があるのは米国方言ということを知らずに、香港でもシンガポールでも街中で地下鉄の駅を訪ねるのに Subway と言っても通じませんでした。本家の英国は当然として、オーストラリアでも香港でも Subway は地下道のことなんですね。

米国でも、ニューヨークの地下鉄は Subway ですが、ロサンゼルスでは Metro です。香港の女人街の近くにあった Subway は、ネーザンロードの下をくぐる単なる歩行者用の横断地下道で、その下を通る MTR の駅には接続していませんでした。東京もやっと世界標準の M マークを表示するようになり、銀座線の渋谷がG1の様に各駅に番号をふって、わかりやすくなりました。

他でも書きましたが、毎日利用する国電や大手の私鉄、そして地下鉄は趣味の対象外で、残っている写真はわずかです。東京の電車はあまりにも日常的すぎたことと、1970年代になると国電や大手の私鉄は立派な電車だけになり、面白いと感じなかったからでしょう。

営団地下鉄も、色あせた銀座線渋谷駅の写真が1枚あるだけです。モノクロに近いところから補正をかけて何とかここまで色彩を取り戻しました。

渋谷駅東口の、この写真の数年前まで都電が発車待ちをしていた場所は、都営バスがとって代わっていますが、懐かしい美濃部カラーです。この頃は、営団では銀座線以外に全開通していたのは、丸ノ内線、日比谷線、東西線だけで、千代田線はまだ代々木公園止まりだったと思います。

90年代半ばにアルミの01系に替わる前の銀座線の編成の多くは、今でも銚子電鉄や日立電鉄に残る片運転台の2000型が両端につき、中間に運転台がなくて窓の高さが合わない1550型が2両と、モータを外してサハ化された古いリベット付き車体の1200又は1300型のいずれか1両と、両運転台の1600、1700、1800又は1900型のいずれか1両で、1600型と1700型は吊りかけモータだったと記憶しています。

地下鉄開業時の100型や1000型等に替わって60年代の後半に登場した1550型は、車内の窓上の広告がバックライトをあてるタイプでしたが、いつの間にか通常のものに改造されてしまいました。発電機を持つ1550型を除いて、駅の前後の無電区間通過時には、一瞬室内灯が消灯してドアの脇の予備灯がぼんやりと点灯するのが銀座線の名物でした。

2004/04記

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